透明

※文中にサイコパステスト(詳しくは検索してね☆)の一つの答え(?)をばらしてしまう記述があるのでやってみる予定のある方は先にやりましょう。




 避けた。
 ナイフを避けた。
 ホスト部とかに居そうな、金髪で青スーツの男が振りかざしてきたナイフを避けた。
 と思ったらこぶしが来た。ほっぺた当たった。
 こわいですおかあさん。
「ちょ、ま、ストップ! ストップ!」
「なんだね。私は今大声とか出されると不都合なのだがね」
「わかったわかった大声なしねおっけいだからちょっと待って」
「ふむ」
 他愛もない雑談をしてたさっきまでと同じ空気感に、既成事実ときらきらナイフが加わってなんかカオスだ。
「まさか最近話題の通り魔さんだったりするんですか」
「事件のことを知っていたのか」
「いやいくら世間知らずでもそれくらいわかるっつの」
「その割には人気のないところで見知らぬ男と雑談していた、と」
「そーそー」
 ふん、と鼻を鳴らしかねない見下す視線が放射される。
「馬鹿かね君は」
「きゃーん」
 馬鹿ですしー。
 むしろ、この道に辿りついた経緯も適当なんだ。どうでもよい歩みを放っておいたら、知らない道に来ていた。見知らぬ男と話していたら袋小路に入っていた。やわらかい色のコンクリートの、春の日差しがすぐそこまでは差し込んでる気がしてくるこの場所に居た。避けた拍子に座りこんですらいた。
 見下す視線は会話のエッセンス程度だったのか、また男の表情が柔和に戻る。だがそのままナイフ持って壁際のキワキワに追い詰めてきた。こええ。
「まあどっちにしろ完遂はさせていただく」
「そそ、そ、そぉ……」
「はっは、何を赤くなる必要があるんだね」
 目が笑ってない! いや目が笑ってないのは最初からとして表情筋がどっこも笑ってない!
「うぇ……うぁわ」
「吊り橋効果?」
「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」
「今関係なくないか」関係あるわよ「というかすくなくとも童貞ではないだろう君」
「ええはい女の子です」
 会話が途切れると男は私の高さに合わせるようにしゃがみ込み、作業じみた動きでナイフを下ろしてくる。
「ちょ、ま」
 すべてがスローに感じた。
「あ」
 ゆっくり下りてくるナイフを凝視しながら、私は自分の意思を探す。
「あの、は」
 今度こそ自発的に避けるのは無理だろうと、生存本能が計算をする。
「はじめてだから! やさしくして!」
 ナイフが、止まった。というか男が止まった。てふてふが飛んでるので時は止まってない、はず……。
「……………………………………」
 どれくらい止まってただろうか。私の主観のみを頼ればとても長かった。そして
「………………はぁ?」
 男は少しだけ興味が湧いた、という風に声を上げた。……と思いたいが明らかに語尾上がってますね。
 ずれた空気の中男は半端な膝の角度に疲れたのか、私の前で立ち膝をする。
「だ、だからぁ、はじめてだから」「それはもう聞いた」
「恥を忍んで言い直したのに途中でぶった切るとかひどい」
「どうでもいいのだが」
「あのねえ!」
 思わず声が荒くなる。
「あんたは良いわよこれまでも殺したことあるしこれからも殺すんだろうよ?」
 息が続かず咳こみそうになりながら、仕切り直して、精一杯はっきりと喋る。
「でも私はどうなのよ! 初めて見知らぬ男にやられるんですよ? そしてそれから先やられる機会なぞ訪れないんですよ? なんつー理不尽! 死ね!」
「出来れば受動の時も殺されると表現してほしかったな。まるで私が助兵衛のようじゃないか」
「うっせ、似たようなもんじゃねーか」
 ポーズも丁度そんな感じだし。壁ぎわに座り込む女、半分覆うように立ち膝の(状態でナイフを握る)男。これはとても良いエロスなのではなかろうかと力説したい! そんなイラストが描きたい!
 思考にとりとめがなくなって行くと同時に、本気で恥ずかしくなってきて、目をそらす。
「優しく、というのがまずわからんな」
 至極ごもっともなツッコミにずらした視線を戻せなくなり、呻くしかなくなる。
「う……ううぅ」
 だが呻くしかないのは、マズい。違う話しを出そう。
「ん、じゃあねえ、た、たのし?」
「ふむ」
「殺すのが!」
「ふむ」
 男は考える仕種を見せる。そんなちょっとした挙動も品が良いので思わず全国津々浦々のイケメン死ねとか考える。
「どうなんだろうな。楽しくはあるんではないだろうか」
「そ、そぉ……」
 男があまり考えていないことはわかっていつつも、受け入れ体制を取りはじめてしまう。
 油断すると、してなくても、スパッといかれてしまいそうなこの状況は確かに吊り橋じみているようだ。ストーックホールム。
「いきなり首とか頭は嫌だなぁ。こう、お手々、次に腕、次にーって感じがいいなぁー」
 完全にほだされる前にと吐き出した我が儘は、男の、目以外の部分を多少は笑わせることが出来た。
「あ」
「なんだ変なの」
「ううん、目が笑わないところに親近感とか覚えるのかなって思っただけ」
「君の目はどう見ても笑っているがそれについて何か言いたいことは?」
「……うーん……そゆうのとはちょと違い気味っていうか、私のは外出てないっていうか」
 えへへ、と、未成年という立場を利用してたときのように笑う。痛、なんか殴られた。
「撲殺コースですか」
「違います」
「ええぇー……」
「自分の立場を分かってるんだか。そもそも撲殺するとしても素手じゃあ私が痛いとは思わないか」
「ですよねー」
 そこまで言って、すぐに私の意識は霧散する。空が綺麗だ。
 そうしていると、腕にざっくりと、強い感覚が走る。自分でもよくわからない程の悲鳴が腹の底から湧き出すので噛み殺すのに歯を少し駄目にした。
「っは、くぅ…………痛……あ、これは、段階っを……」踏んでくれるってことですか。手からじゃないのが不満ですけど。
 刺さったままのナイフに目をやる。銀色が所々残ったままあらかた赤に染まり、服を貫通して半分くらい私の肉に埋没している。
「リクエストに応えてみたことがないんでね、やってみている」
「さ……ん、きゅ?」
 深く呼吸をしようとしても、上手くいかない。私の返事がどうであれ、ぐっ、と少しずつナイフは刺さったまま位置を変える。
 腕の中を直接切り裂き、押し広げる痛みに脳を支配されそうになりながら、私は思考を手繰り寄せる。そんな戦いを余所に、私の脳はあるとき突然冷静になる。肩で息をすると余計痛い。
 腕のナイフが一旦引き抜かれる。
「……っ……はぁあああぁぁ!」
 刺さるときは噛み殺した呻き声が、抜ける痛みとそれへの解放で溢れ出る。咳込む。腕の重さがありえないことになってる。鉛にでもなったみたい。
 目の前の男の表情はぴくりとも変わらない。……無表情なのか、真顔なのか。恐らくこれも自然体なのだろう。
 楽しいんだか……とここまで考えた辺りで逆の腕、じゃなくその先の手にぐっさりとナイフが刺さる。今度は私の体を貫通したっぽい。骨に刃が当たる音が体の中で響く。
「なんだかこのまま放置しても死にそうだな」
 怖いこと言うなてめぇトドメ刺せ!
「こ、こは……な……ぐふ」呼吸が荒らすぎて咳込んだ。
 刺さったままのナイフを気にしないことにして呼吸を整える。その間露骨に観察されているのが解る。何故なら私も観察してるからだ。
 ナイフをどうこうする気配が見受けられないどころか、観るのに夢中になっている印象すら受ける。そうしている内に、私は息を整え終わった。
「……無味無臭っていいよね」
「息を整えて第一声がそれか」
「だってさ、いいじゃん、無味無臭。あんたの、私への、態度も、無味無臭だし」
「無味無臭ね……」
 この男は確実に、何も書いてない自販機で買った飲み物の色はと聞かれて透明だと答える類の人間だろう。
「あんたは、あんたが、わたしのこと何も知らない、ということを、知っている」
「知らん方がどうかしてる」
「でもそんなんばっかじゃん」
「なるほど。確かに一理ある」
 言いながら男は刺さったままのナイフを指で弄るので地味に痛い。じくじくする。
「……ぐ…………ああ、なんか、変だな私」
 元からだろうという視線を浴びせられるがどうでもいい。
「とりあえずイケメン死ね」
 前後の流れももうどうでもよかった。
 この男が私のラスト一人なら、実は言うべきことが幾つかあるのだ。
 嘆息して、自分を眺め回す深淵を眺め回す。深淵同士見つめ合ったところで真っ黒過ぎて何も見えないし、素直にお喋り出来なくなるような心もない。
「今まで相当さみしかったのね、私」
「…………」
「結構、あんたのこと好きだわ」
「…………」
「ほんとに、殆ど何も思わないの、ねぇ」
「……確かにそうだ」
 どこか一部が感心したように首を傾げて斜め下を向く様を見て、多分脚技とかで形勢逆転するなら今だなぁと状況を俯瞰する。
 ……いや、私は、しないけど。
 でも
「迂闊な人」
 きっとすぐに終わっちゃう。
 思ったより笑いの比重が大きい自分の声に少し驚きながらも、私はなんだか楽しい気分になってにやける。
「私もあんたもさ、二次創作でもなきゃ、主人公になりづらいタイプだよね。特にあんた」
「…………」
「常識力なさすぎ。平凡力も……ないし……」
「確かに、平凡な奴がよくいじけているがあれは間違いだ」
「そっそ。平凡さが足りない、方が、無理。ってか、奇を……」
 そこまで言って咳込む私の代わりに、男が続きを言葉にする。
「……衒っていると思われる、と。はいはい」
 はいは一回と言いたい気持ちも一瞬湧いたが、私は喜ぶのと頷くのを、顎を引く動作に兼任して貰った。
 これまでの人生、共通する常識とやらがないのにそれを共有していること前提にコミュニケーションを取られるのは、寂しかった。今は、楽しい。
「はは、あーもう、続き、やっていーよ」
「ああ」
 そのやっべ忘れったって顔が堪らない。
「あんた、また常識っぽくない奴と、遭えるよ」
「電波でも受信しだしたかのような予言をどうも」
 爽やかスマイルうぜぇ。
「予言じゃなくて、おまじない」
 そこでまた会話が途切れる。深淵を眺めるのは楽しいらしいが私はもう顔を上げているのもしんどくて、首の力を抜く。
 視線が合わなくなると、手からずるっとナイフが抜け、サクっとふくらはぎに刺さる。ぷちぷちと靴下が裂ける音がする。ナイフは少し男側に向かって移動する。うごめく。ぷちぷちと靴下を裂く音がする。
 そういえばさっき私が堪えず思い切り悲鳴を上げてたらこの人ほんとまずかったな。まじで迂闊だなこいつ。
 ふくらはぎから抜け、今度は刃のさきっちょが逆側の脚の太股の表面をなぞるように、私の側に向かって切っていく。冷たさが若干気持ちいい、かも。
 もう上げる悲鳴もない。もしかしたら迂闊だけどそれだけじゃなく、どうでもいい度も高いのかなぁ。
 スカートがめくれ上がる頃、ナイフは趣旨変えをして腹にどすっと来る。それはそのまま抜かれ、首筋を撫でて、撫でて、鎖骨の窪みに刺される。
 そろそろ意識が遠くなってきた。無理矢理視線を上げたつもりになっても、男の顔が全然見えない。自分の服や体すら見えない。寒いから抱きしめてほしい。
 鎖骨の窪みで刃がぐりぐり押されて、中にずんずん入る。それが止まると顔を手で持ち上げられる。
 あんた指紋指紋、危ない危ない。
 その手すらすぐに感じなくなって、私はゼロに向かう。うん、悪くない。
「君は…………」
 ん?

言いかけでも死ぬときゃ死ぬ。そして茸姫読んでないとよくわかんない蛇足

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