白雪

 人間は水と暖かさどちらを欠けば存在できないかというと、工夫で補えるか否かという観点から前者が解とされるらしい。
 勿論水が豊かで暖かであればそれが一番なのだろうけど、この国の冠トリガーはあまり強力でなく、両者を取ることはできなかったのだという。
 お陰でこの国は水には困らないが、酷く寒かった。

 弟の訃報と墓と写真と所持品と涙ぐむ優しいおばさんとの連携で心に往復ビンタを食らってから、もう半月ほどは過ぎていた。
 視界が、白い。
 雪さえなければ見晴らしのいいはずの場所で、常緑樹の隙間に潜り込んでいるあたしの手には、ボーダー時代から使ってきたアイビスが収まっている。
 あたしは――鳩原未来は今、無国籍のスナイパーとしてここにいる。相変わらず人は撃てないけれど、それでも。
 当初は目的さえ果たしたらすぐに玄界――というか三門市に帰るつもりでいたのだけど、実際目的を失ってみたときには、既に退路はたち消えていた。
 静かだ。
 正確には色々な音がしているのだが、拾うべき音がないという意味で、あたしにとってここは静かなところだ。
 ずっと静かなところにいると、色々なことを考えてしまう。弟のこと、雨取さんのこと、一緒に来た他の密航者のこと、ここに来てから出会った人々、ボーダーでの平穏な日々、ボーダーすらなかった平穏無事な日々。
 弟のために泣けなかった、自分自身。

 ふいに思い出したのは、同性同士の下世話な世間話だった。

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