わたしの意思は1セットしかない

「あの……」
「なんだね」
「どうして、安楽死決定者は、最後までの決定を決めたら、どれだけ抵抗しても死ぬことになっているんでしょう」
「……そうか、キミはあんなに抵抗する決定者を見るのは初めてだったか」
「はい、自分で決めたこととはいえ、非人道的ではないでしょうか」
「……そうだね。その問題を説明するのはとても難しい」
「……?」
「この制度が出来る前に、僕には恋人が居たんだよ。死んだがね。彼女の残した歌でも聞かせてあげよう」
「はい? あの、よくわかりません」
「わからなくていい。わかっても、いいことはない。でも、この仕事をするからには、わかってもいい。つまりまあ、上手く言えないから、歌を聞いておくれよ」
「…………」



わたしの表情筋は1セットしかない
わたしの脳みそは1セットしかない

もしも 必要ないものが
勝手に消される摂理であるなら

そう考えて怖くなる人は幸せなのだと思う

もしも 自分にすら必要とされないものが
勝手に消される摂理であるなら

そう考えるとわたしはうらやましくなる

わたしの表情筋は1セットしかない
わたしの脳みそは1セットしかない

嗚呼 わたしは死ぬことを選ぶ 必要ないから
嗚呼 でもわたしは抵抗したい 抵抗してみたい

いやだ死にたくないと言いたい心の底から
心底嫌そうな顔をしたいそうして抵抗したい心の底から

でも

わたしの表情筋は1セットしかない
わたしの脳みそは1セットしかない

わたしは1つで 機能は少ない



「どうかね」
「………………音痴ですね」
「彼女に言ってくれ。作曲の才能がないのに無理に記録した、彼女に」
「…………………………それでも、音痴です」
「そうか」
「………………」
「ちなみに恋人とは言ったが完全に僕の片想いだった」
「そうですか」

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