カワセミとシラサギ二本立て(設定は別)

中和剤

 カワセミは時々映画を見る。勧善懲悪のクサい映画を選んで見る。
 それは勿論、表の世界の有名人として復帰したときのためだ。
 価値観が殺し屋に寄りすぎた者にそれが務まらないことを、カワセミは理解していた。だから時々、普通の正義感を持つ普通の人たちの映画を見る。過程に絡め捕られて本当の目標を見失うわけにはいかないのだ。
 今日もカワセミは映画を見る。自分の中にある正常を保つために。
 カワセミは歳の割に背が低く童顔、しかも十七歳の少年だが、レイトショーに潜り込んだ彼をつまみ出そうとするスタッフは居なかった。


 セキュリティを越えて自分の部屋に戻ると、ベッドに先客が居た。
 やれやれまたかと頭を掻いて、カワセミは掛け布団を剥ぎ取る。
「人のベッド勝手に使わないでくれませんか」
 するとベッドに潜り込んでいた彼の雇い主、シラサギという少女は機嫌悪く目を擦りながら言い返す。
「急な休暇にも対応してやった上司に感謝してこれくらい甘んじて受けなさい」
「感謝してるから出てけ。今は勤務時間外だ」
 カワセミとしてはこのまま蹴り出したいところだったが、立場と保身のためにそれだけは思い留まった。
「殺し屋に用意するタイムカードはないわ。常に仕事よ。つーねーにー」
 腐れた言い分で手足を伸ばすシラサギの様子にカワセミはまた一段と深いため息をつく。
 埒が明かない。
 カワセミは掛け布団の端を持ったままベッドに乗り上げた。
「そっち寄ってくれ」
 神聖さをウリにしている教祖を遠慮なくぐいぐい押す配下というのも妙な光景だが、こんな光景が繰り広げられるのはこれが初めてではない。シラサギはこれまでも何度かこうしてカワセミのベッドに潜り込んでいた。カワセミも最初こそ対応に困っていたが、今では多少、慣れた。
 カワセミは枕を取られて苦しい首回りに唸りながらも、横向きでそれなりに寝やすい姿勢を見つける。横向きなのは、シラサギの方を向いていなければ煩いからだ。
 枕の上で同じようにカワセミの方を向いたシラサギは、普段信者たちの前で浮かべる清廉な笑みを浮かべた。
 それが欺瞞であることを知っているカワセミは自然と渋面を浮かべる。
「この世界は助け合いに満ちています。助け合うことができるから、素晴らしい力を得るのです−−……」
 シラサギは小声で、更にどこかで聞いたような演説を始める。信者たちがこぞって有り難がるような内容だ。
 カワセミはうんざりして、だけど逃げ出さずにそれを聞く。
 時々「流石にないない」「発言者の性格的に説得力皆無だ」などとこぼしながら、こんなところで見せられたって気味が悪いだけの『表の顔』を見る。
 シラサギは語り、騙るうちに船を漕ぎ出す。カワセミの反応を笑ううち、技術により張り付けられていた笑顔は剥がれ、その表情は徐々に安らかになっていく。
 カワセミはふいに、頭の中でレイトショーが続行しているような気分に陥る。
 その心象風景の中でカワセミとシラサギは隣合って座り、同じ映画を見ている。スクリーンの中で天使のような少女が歌い上げる綺麗事を、ポップコーンをかじりながら揶揄している。
 カワセミは、この二つ年上の少女のわがままが寝息に消えていく数秒間、彼女の髪に、頬に触れる空想をする。心でも脳でもなく右手が求めたその空想は、きっと現実になれば映画館を潰すのだろう。
「…………宇白……」
 ぽつりと、カワセミがシラサギの名前を呼ぶ。
「……………………」
 返事はない。
 カワセミはふっと息を吐いて、瞼を閉じる前に言う。
「おやすみ」



ここは、下り坂。

 宇白要というのが僕の雇い主の本名だ。
 知った者は、大抵消される。例外は少ない。
 けれど、過程は省くけど僕も彼女の名前を知る人物の一人だ。
 そしてまた過程を省くけど、僕はなるべく彼女を表向きの名前で呼ばない。『雇い主』とか『シラサギって呼ばれてる』とか、そんな感じで。
 そんな宇白要は多分、珍しく熱を出している。
「まっず……」
 僕が率直に感想を口にすると、要は舌打ちをこぼしてこちらを睨み上げてくる。んなこといいからさっさとしやがれ、って意味だろう。僕はそれを無視して、確認にもう一度。浅く。
 やっぱり不味い。
 顔をしかめると、要の機嫌が更に斜めに傾く。
「いや、風邪っぽい味がするんだって。自分でもわかるだろ。今日はもう休んだら?」
 呆れを隠さず告げると、今度は手が出る。要の両腕が僕の首に回り、両手で支えた僕の体を再び彼女の座標まで引きずり下ろす。
 胸と胸とが汗で吸いつき合って、顔と顔はマイナス数センチの距離で触れ合う。
 僕の舌の上に擦り込まれる要の唾液は、やっぱり風邪の味がする。
 八つ当たりのように激しい愛撫の後、顔を上げた僕を見上げて、真顔の要は言う。
「あんたにうつすからいい」
 よくない。
「あ、今日は風邪気味だから優しくしてねだーりん」
 うるせえ。あと思ってもないこと言うな。
 思うところは多々あったものの、僕は何も言い返さずに大きな溜め息をつく。
 風邪引いたら労災出るかな。出ないよな。そんな益体もないことを考えながら、僕は要の顔に掛かったままだった髪を払う。
 性格以外は、本当に最高なんだけどなぁ。


 要は、噛みつくと怒る。痕もつけていい箇所はほとんどない。でも割とよく噛みついてくるしよく痕をつけてくる。卑怯だなあと、思う。
 僕自身は多分、穏やかなセックスの方が好きな性分だ。だけど要が好きなのは激しいセックスなので、僕の好みは毎回無視されることとなる。結局、穏やかなセックスなどしたことがない。
 一方的に合わせてばかりいると、なんだか面倒を見ているような気分に陥る。雇用主、雇用主……と念じてみてもあまり効果がない。
 とはいえ要は僕に甘えているという訳ではないのだろう。どれだけ疲れても、セックスの後、僕の部屋で休むようなことはない。即座に部屋に戻る。
 珍しい体調の今日だって例外ではない。例外はない。
「じゃあおやすみなさい」
「ん、おやすみ」
 ドアの開閉音を見送ってすぐに、僕はまだあたたかい布団にくるまって眠りに飛び込む。
 とにかく体を休めたい。
 僕たちの関係なんてこんなものだった。余韻もないし、囁くべき愛もない。隙間が埋まればそれでいいし、気持ちいいから異存はない。その程度だ。
 僕と要を乗せた車にアクセルなんて上等なものがついているはずもない。明確な意志で求め合うことなど以ての外なのだ。
 ただ、その車には、ブレーキもついていなかった。
 それを僕らは知っている。
 だってここは、

 要ちんが熱出すとかすげえ大胆なキャラ崩壊だなって思いながら書いてた。シラサギさんのことなんて呼んでたっけ? と思って探したときに見つからなかったのでこういう妄想しちまったい。
 あと「性格以外は最高」って言い回しえろいなぁ! ってテンション上がっちゃったのは爛れた若人推進委員だから仕方ないね。

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