朱色の砂浜×きそなが

みきとPの『朱色の砂浜』に沿って、解釈という言葉の限界まで原曲と違うニュアンスにする感じできそなが。

♪前奏

 朱色に染まる砂浜。火の色をした光線。波打ち際で縺れるふたり。濡れた服と、髪。
 そうやって抜き出してみれば、ロマンティックなシチュエーションだ。
 実際は命の取り合いだった。
 息が上がって、冷えた指が包丁を取り落としそうな長良川と、腕力では多少勝るもののとっくに丸腰の僕。実力の拮抗した殺し屋同士、もうどうやったって今日は無理だとわかっていた。
 なのに今日だけはお互い、奪おうと躍起になっている。

♪1番Aメロ

 どうしてこうなったかを話すには、過去に遡らなければならなかった。
 数年前のその日、僕は何故か長良川と水族館に居た。間違ってもデートではない。
 とはいえ長良川ときたら水族館なのに空の光ばかり追うものだから、僕はちょっと面白くなくて肩を叩いた。
「長良川さんは海の生き物好きじゃないの?」
「さあ? 少なくとも木曽川さんほどクラゲ好きじゃない」
 水越しの光にゆられる長良川の発言に僕はちょっと機嫌を直す。うん、クラゲ大好き。
 と、長良川はまた上を見ながらぽつりと零した。
「……だけど、こんなに光を満喫できるなら、海は好きよ」
 なるほどこいつは水棲生物視点で楽しんでいたらしい。理解して、少し負けた気分になったことを覚えている。
 僕が長良川の内面にある何かに興味を持ったのは、多分このときだった。
 僕は時折このときのことを思い出す。
「海は好きよ」と。

♪1番Aメロ´

 興味はあくまでただの興味だ。でも、甘く見てはいけないのも確かで、僕は結局その後も、長良川との交友を持ち続けていた。
 態度や殺意のオンオフが激しいスタンダードキチガイで、知性は感じるが、逆に理性は残り香さえ振り払う勢い。そんな女と。
 自分でも酔狂が過ぎる気はしていた。
 その帰結が今の状況だ。
『実力は互角だし、殺すのに失敗した上に大怪我で再起不能になったら大損だろう』という理屈の元生まれたいくつかの約束事は、確かに半端な大怪我から僕たちを遠ざけた。
 けれど同時に、澱ませた。
 水平線に浮かぶ遊覧船から目を離したように、容易く、一線を見失った。
「まだちゃんとあんたを殺せるのか、不安なの」
 小さな声は僕の耳にも届いていた。
 僕もだよとは、言ってやらなかったけれど。

♪1番Bメロ

 振られた包丁をぐっとしゃがみ込んで避け、長良川のか細い足を払う。
 踏ん張ろうとして砂に足を取られた長良川がそのままべしゃりと浜に転ぶ。
 脆くなった貝殻の断末魔が、長良川の背骨の下から響く。狙って転がし、流木や貝殻が多い地帯でうつ伏せにして背中を踏み潰すと、それぞれの悲鳴が重なり合った。
 浅くではあるが、右脇腹を裂くことには先程成功しているため、そちら側を狙って踏んづける。
 僕は悶えるのに忙しい長良川をそのまま取り押さえようと背中に膝を着こうとする。すると長良川はかなり無理な姿勢で振り向いて、その勢いで髪に絡んだ砂を飛ばして来る。
 目を守るのが遅れた僕が砂に一瞬気を取られた隙に、長良川が反転して飛び掛かってくる。

♪1番サビ

 長良川の手の中に収まっている包丁が、的確に僕の首に狙いを定めてきた。僕のナイフはとうに波に流されていて、頭の半分が凍る。
 僕は生存本能に頼る形でなんとか、長良川の包丁を持っている方の手首を掴む。同時にもう片方の手で右脇腹を狙うが、今度は長良川の手と体重がそれを絡め取って止めて来る。
 僕は間髪入れずに頭突きをするが、長良川と同時だったため痛み分けで、どちらも静かに悶絶する羽目になった。
 脳が頭蓋にガンゴン当たっているのか、頭の痛みと視界の明滅に襲われる。だがそれは長良川も同じらしく、まっすぐ座っているのがやっとの様子だ。どちらも動かない。
 何も出来ない間、絡んだ手指に挟まった砂粒がやけに気になって、腕から先が波に舐められる度に指を放して洗いたくなる。
 俯いた砂まみれの長良川と夕焼けがキラキラ眩しくて、鬱陶しい。

♪2番Aメロ

 攻撃を切り出すこともできず、罵声を浴びせるような余裕も元気もなく、ただ必死で息をする。
 風が流れているのは長良川の髪の動きから明らかなのだが、風の音は遠慮したかのように耳から遠い。
 さっきまで片腕を浸すばかりだった波がまた一段と迫ってきていて、僕の背中を引きずり込もうとする。
 波に乗じて動こうにも、変化が穏やかすぎて乗りにくい。足も絡まって引っかかるばかりだ。
 少し息が整ってきた長良川は何か言いかけて、何も言わない。こちらを覗き込んでくる目は普段通り判然としないものだ。あまり見られている感じがしない。
 ただわかるのは、待っていること。
 殺すための、止めるための、仕掛けるための、逃げるための、刺すための、へし折るための、投げるための、あるいは勝負をぶん投げるための、きっかけを待っていた。

♪2番Bメロ

 死とは、もう二度と会わないこととよく似ていた。
 ただ、相手が世界のどこにも居なくなって、知らない間に影響が届くことすらなくなっていくだけだ。
 それだけのことが、大きな違いとして成り立つだけだ。
 僕は長良川の肩越しの空を視界の端で捉える。夜の黒と混ざり合う前、夕暮れの命が燃え尽きる濃い橙に、家路を急ぐ海鳥の影がいくつも往く。その光景に少しだけ、目を細める。
 彼らと僕がまた出会うことなんてきっとないだろう。日常にさよならは溢れているのだ。
 そもそも僕は取り返しがつかなくなればあっさり諦められる質だ。
 長良川なんかとの別れだって、平気なはずだ。

♪2番サビ

 それにしたって、タイムリミットが迫っている。
 潮が満ちて、髪や耳もひたひたになっていた。
 にわかに風が止むという機会を得て、長良川がやっと言葉を舌に乗せた。
「観念して、殺されたらどう?」
 先程まで包丁を取り落としそうに見えた長良川の手は、今は凍えすぎて、逆に包丁を握った形のまま固まってしまっている。
「そんなに言うならもっと本気で殺れよ」
 僕が挑発的に笑うと、長良川も対抗して獰猛に笑む。
 こんなところで死ぬ気はないと、当たり前のことをわざわざアピールするように笑い声を立てる。
 まだまだ生きる気の僕らを見ている太陽はもうおねむなようで、既に半分翳って、水平線で目でも擦っているように境目が揺らめいている。それでも光線は鋭く、まるで夜更かしの大人に嫉妬する子供のようだ。
 嘘みたいに、朱い。

♪ギターソロ

 笑いが止んですぐ、僕は用意していた唾を長良川の目に向けて吐きかけて眼球に命中させる。
 当然、長良川は咄嗟に目を覆うようなヘマはしない。
 でも、怯んだのは確かだ。
 僕はそれを見逃さず頭突きを、今度は一方的に食らわせる。
 続いて痛みで力が緩んだ長良川を横に、海の方に投げ飛ばしてのしかかる。右脇腹の傷が海水に浸かって、長良川が痛みに吼えた。
 今のうちにと僕は長良川の腕を折ろうと引っ掴むが、思うより力が入らない。掴まなかった方の手で首まで絞められた。
 仕方がないので包丁を奪おうと長良川の指を無理やり開かせるが、揉み合ううちに肝心の包丁が弾かれ、波間へ消える。
 僕らに与えられた凶器が、肉体と海水くらいになってしまう。

♪Cメロ

 僕は嫌気が差しながらもあくまで意固地に長良川の殺害へと邁進する。具体的に言うと拳でぶん殴った。
 鼻を狙ったはずがよろけて、目の下に当たり頬骨を折る。その打撃の反動で、僕のシャツの袖から砂がバラバラと落ちる。
 続けて拳を振り下ろすと、今度は掌で受けられてしまった。
 火事場の馬鹿力というやつなのか、生命の危機に瀕した長良川は握力だけで僕の両手を捕まえ、逃がさない。
 僕の右腕を覆う布地には、未だに長良川の返り血が残っている。
 なんだか、悪い夢でも見ているみたいだ。

♪2番サビ2

 と、隙を作ってしまっていたらしく僕の腹に膝が入る。
 弱々しい打撃で鳩尾には入らなかったが、それなりにキツい。
 まだそんな力があったか、と思うより先に長良川が立ち上がり僕と距離を取ろうとする。
 しかし長良川は握り込んで絡まった僕の指と自分の指を解けずにバランスを崩す。
 僕たちはべしゃっと水の中に転んだ。尻餅をついた長良川に、僕が手をついて覆いかぶさるような形だ。重なったままの指が砂に埋まる。
 太陽を失った名残りの夕焼けと、跳ねた飛沫を被った長良川が、最後の足掻きとばかりに、数秒、キラキラしていた。
 波打ち際も遠ざかり、少し波が高くなるだけで、僕たちは海に飲まれそうになる。
 空は瞬く間に朱を忘れ、砂浜は気づけば藍に染まっている。
 もう、時間切れだ。

♪2番サビ2´

 僕の殺意が引っ込んだのを見て取ったのか、暗がりでの死を特に忌避する殺し屋は自嘲に口を歪めた。
 落ち着いて絡まった指をほどき、離れられるようになっても、二人共重なった目線を外すことが出来ずにその場に座ったまま留まる。
 殺意が立ち消えると、冷えた体がふたつ、ざぶざぶと波に揺られるだけだ。
 カチリと長良川の歯が鳴ると、僕は急に体温が恋しくなって長良川の肩を抱く。冷たい。それでも、引き寄せる。
 言い訳ならできる。出すぎたアドレナリンの行き先が原初の衝動だっただけだと。
 だけどそれが言い訳に過ぎないことを、僕は理解していた。
 もう、誰に笑われてもよかった。
「少しだけ、目を閉じてくれ」
 素直に瞼を下ろす長良川に、先程との状況の落差に、目眩がする。
 嘘みたいだ。
 冷たい唇も、折れて熱を持った頬骨も、思うより鋭くない歯も、頼りなく薄い舌も、すべて、嘘みたいだ。

♪後奏

「あのときなんで約束守ったの?」
「仕事でもないのに寝覚めの悪い殺しをしてたまるか」
 すっかり血色がよくなった長良川に問われて僕は吐き捨てた。
 そもそも、仕事以外での殺人など、防衛手段でしか有り得ない。僕はそれなりにまともなのだ。
 この辺りに事情を詮索しない医者の心当たりもなく、僕たちは岩場から海に落ちたと偽って旅館の空き部屋に転がり込んで、白みだす空を眺めている。
 傷の痛みで眠れずに、女将が貸してくれた氷嚢のお世話になっていた。
「…………大っ嫌い」
 唐突に当たり前のことを宣言されて僕は吹き出す。そして、明瞭に言葉にした。
 僕もだよ。

 解釈の限界まで違う感じで書くといいつつキスだけ元通りにする辺りカプ厨全開である。
 あと我ながらエロい話書いたなーと思うけどそれは歌の方が元々艶っぽい感じだしいい。多分良い。無駄にロマンティックなのはだめだこれって自分でも思う。
 ちなみに夏以外の季節です。

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