ガールズサイド -Girls on the War!-

 果たして私はまだ女だろうか。そう思うときがある。

 部隊に本格的に参入した頃、女子隊員だけで集められることが割とあった。今思えば、人数が多かったからそういうことが出来たし、個別ではないそういう集まりが必要とされたんだろう。
 最初に教えられたのは、布製の生理用品の使い方と、少ない水での手入れの仕方、簡易的なものの作り方だった。紙製のものは、物資の限られる私たちが常用するには贅沢すぎる代物になりかねないのだ。
 戦って殺したり、死んだりすることにばかり気を取られていた私は最初少々面食らったものだが、それもすぐに感心に変わった。
 ここで“生活する”ことが視野に入ってくるというのは、そういうことなのだ。
 女子隊員の集まりには、まだ教わることがある新入隊員、女子隊員のリーダー格含む年長の隊員の他、異性には直接言いづらいとかで身体的なトラブルの報告や相談をしに来ている隊員もいた。
 大所帯で殺し合いをする以上、隊員の体調管理は重要になる。当時隊長だったおっさんにそういう話を通しに行くのは、女子のリーダー格の仕事だった。確か元看護師で、医療の知識があるためか『先生』と呼ばれていたはずだ。彼女は実質、副隊長のような役割をしていた。
「アルト」
 二回ほど集まりに呼ばれた後、解散一歩手前の気配を察知して抜け出そうとした私は、初めて、先生から個別に声を掛けられた。
 落ち着いた声に、まとめられた長髪、穏やかな物腰。先生は化粧などしていなくても、如何にも大人の女性という感じのする人だった。確か歳も、「もうちょいで三十路」と本人が言っていたはずだ。
 私は最初、抜け出そうとしたのがいけなかったのだろうかと思い、逃げ腰に返事をした。
「なんですか」
 先生はちょっと吹き出して、ゆるゆると首を振って言う。
「あなたからは相談とか不安とかない?」
「いえ何も。ちょう元気です」
 いい加減に返すと、先生はいい意味で老けて見える、親か教師のような笑顔を浮かべる。若干、居心地が悪く、身構えてしまう。
「ならいいの。一度も相談ない子には、一応、声掛けてるだけだから」
 私の姿勢を見てか、それとも最初からその予定だったのか。先生はその一言だけ投げて踵を返し、私はそのまま解放された。
 その後は、私がどちらかといえば隊長に気に入られていたこともあり、先生と直接話す機会はそうそうなかった。作戦チームで一緒になることもなかったし。



 次に話し掛けられたのはそれから結構後のことで、場所は戦場だった。入り組んだ廃都市で相手を全滅させ、引き上げるところだった。
「誰か、手を貸して。一人か二人でいいわ」
 よく通る、よく聞き取れる、大声。けれど叫ぶのとは程遠いいつもの声色だった。
 私は自分が運んでいた敵さんの食糧を、イトカワやガンマ含む同じチームの隊員たちに預けて、声の方へと向かう。
 ビル(だったもの)の向こうに回ると、そこにはお腹を押さえて横たわる私と同年代の女子隊員と、どう見ても右足が折れている先生がいた。近くに敵対していた連中の遺体もいくつも転がっている。
「添え木になりそうなものをお願い」
 私の姿を認めてすぐに先生の指示が飛んで来たので、落ちていた箒の残骸をすぐに持っていく。すると先生は私に、同年代の女子隊員の口にハンカチを詰めるように指示した。
「一応、舌を噛んだらいけないから」
 先生に言われるままに、歯を食いしばったり急に大口を開けて悶えたりする女子隊員の口に余り布を突っ込む。意識が混濁していて指示を聞いてくれないため、悪戦苦闘を強いられた。
 そうこうしている間に先生は自分で添え木を固定して、自分で布を巻き締め、折れて曲がった右の脛の方向を無理矢理に正してしまった。
 私は骨を折ったことはなかったが、アレを自分でやってのける人間がいるとは思わなかった。曲がった状態でいるわけにいかないときの緊急措置として聞いたことはあったが、破損した骨を無理矢理、角度だけ戻してしまうのだ。どう考えても内部の損傷は増える。
 唖然とする私に、先生は脂汗を無視するような笑顔で言った。
「アルト、乗り物のところまでその子を運んで」
「え、先生は?」
 思わず問う私の前で、先生は壊れたライフルを杖にして立ち上がる。
「脳内物質でアッパラパーだから平気。まだ歩けるわ。歩くの遅いようだったら先に行って、迎えを寄越すように言って頂戴」
 簡単に言ってのけた先生は、実際、やっと大人しくなった女子隊員を背負った私より少し遅いくらいの速さで歩き出した。
 足を引きずるように進んでいると、イトカワが手ぶらで戻って来た。曰く、遅いから来たと。
「荷物は?」
「ガンマたちに預けた」
 あの大荷物を?
 涼しい顔でのたまったイトカワは、私の背の女子隊員をひょいと軽そうに背負う。意識がない人体はそれなりに重いはずなのに、平気そうだ。
 私はイトカワと目を合わせると、少し引き返して先生に肩を貸した。やはりライフルなんか杖にするよりずっと早く歩ける。
 イトカワのお陰で私たちは予想より早く車まで戻れた。ガンマはぐったりだったけど。
 そのとき、印象に残ったことがある。私たちの前では「平気」としか言わなかった先生が、隊長の顔を見た途端勢いよく愚痴ったのだ。
「見てよこれめっちゃ痛い!」
 その一言きりではあったが、しばらく忘れることが出来なかった。

 それから数日後、私とイトカワは松葉杖をついた先生に呼び止められた。
「この間はありがとう。手間掛けさせたわね。……あのときは私が骨折したのをあの子が庇ってああなったの。つまり足引っ張ったのは私だから、そこはよろしく」
 何だか色々な部分が抜け落ちた説明だとは思ったけれど、私もイトカワも特に突っ込んで訊きはしなかった。何となく、そういう所で距離を取るのを、私たち隊員は自然と身に着けていた。言われないことは、聞かない。知らないでおく。
 けれど数時間後、珍しく女子隊員の集まりに顔を出した私を、先生は内緒話に連れ出した。
「あの子の16bitは把握してる?」
 少し考え込んだ先生の一言目はこれだった。
「まぁ。音の大きさとか、指向性の限界とかを無視して、ビームみたいに一定方向に音を飛ばす、ですよね。めちゃ煩いやつ。通信手段に出来ないかどうか実験中だとか」
 私がすらすら返すと、先生は静かに頷く。
「あれってさ、相当頑張れば人を殺せるのよね」
 先生の暗い声から、私は『相当頑張れば』の部分を拾う。しかし、続く言葉は別の方向を指していた。
「それで、それはもう苦しんで、ひどい死に方をするの」
「……」
 話しが掴めないので、私は無言で続きを待つ。
「……あの子、少年兵とか……とにかく子供を殺すとお腹痛くしちゃうのよ。銃で撃っても爆弾で一気にやっても、目に入っちゃうと。下腹が、きゅーって痛むんだって」
 一瞬話しが逸れたのではと感じたが、すぐに繋がりが見えてきた。転がっていた遺体はあまり見ないようにはしていたが、その中に体躯が小さいものが混ざっていたような気がする。
「だから……色々と、私の不行き届きって感じよ」
 そこまで言って、先生は苦笑を零した。



 私は先生にどんな風に言葉や態度を返しただろうか。もう薄ぼんやりとすら覚えていない。
 先生は隊長よりずっと早く死んだし、あのとき背負った女子隊員も、そのうちの戦いで怪我による高熱が下がらず、そのまま死んだ。今思えば能力の使い過ぎもあったのだろう。彼女のハンドルの響きが好きだったことは覚えているが、もう思い出せないし、思い出すと辛いことはわかりきっているから、思い出さない。他の仲間たちも少しずつ死んでいなくなっていき、思い出されなくなっていった。
 いつからか私は生理が来なくなっていた。先生の次に女子隊員の面倒を見ていた人曰く、『ストレスによるものではないか』とのことだった。それは、何人かに表れている症状らしかった。
 精神が自覚できていないストレスを身体の方が受け持ってくれたなら、それはそれで、マシな方なのだろう。だから楽ができると気楽に構えることにしていた。
 ただ、『もしものときのお守り』と化した布製の生理用品を内ポケットから見つけたせいで、何だか色々と、色々と……忘れていた人の髪の色くらいまでは思い出してしまっていた。
 私は相手が子供でも大人でも同じくらいの感慨で殺してしまえるし、寧ろ最近はゲーム感覚で戦うことに逃げている。お腹が痛い日も来なければ、こんなところでの生活で女子力とかいうのも壊滅している。

 私はまだ女なのだろうか。特段女でありたいとは思わないが、少々疑問には残ってしまうのだ。

折角だから体があって、こころがあって、という感じの、人間としての彼らの話を書いていこうという試み。生活感の他にも、もっと状況の辛い部分の補完とかもしたいシリーズ。
途中で飽きるかもですが、興味があればお付き合いください。

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