花に嵐のたとえの前に -Drink with friend.-

 そんなことを言われても困る。
 前隊長秘蔵の酒(ほんとに何してんだあの人)で口の滑りがよくなりすぎた現隊長(ほんとに何してんだこの人)の言葉に、俺は思った。
 その前までは前いた隊員の話を聞かされていたのだが、まあそれはいい。話すこともあるだろう。当時隠されたことも、抱え込むのがしんどいなら聞くのは助け合いの範疇だろう。
 だが、ぽつりと呟かれたわずらいごとは、なんとなくだがそういった分を越えたものだと思えた。
「最近さ、怖い夢すら滅多に見ないのが、怖い」
 ちらりと酒瓶を見る。肴もなしにこの短時間で減らすには流石に多かっただろうか。残りは半分もない。アルトが水でも飲むように気楽に飲み干すので、俺もほどほどのところで止めるのを忘れていた。
 ほんとに何してんだ俺ら。
 言い訳が許されるなら、結構減ったとはいえ隊員がそれなりに残っているお陰で俺も、一応アルトも見張りや準備要員から外れてはいる。二人ともそこそこのザルではあるし、そもそも俺はちょっと口をつけた程度だ。
 新人隊長殿が早々に精神的に参るよりはいいのではないか、と判断したことを覚えている。まだ祭り上げられただけの段階で、本格的な役割を背負ってはいないし。
 ……いや、冷静な判断だけでもなかったな。俺は後ろめたかったのだ。力こそあれ上に立つことに向いている訳ではない仲間を隊長にしてしまったのは……そういう流れになってしまったのは、俺含む隊員全員のせいだったから。
 アルトは人の上より、前や中心が似合うやつなのに。
 俺が黙っていると、アルトはちゃぶ台代わりにしている箱の上で手に顎を乗せたまま不格好に口を利く。
「……それで、私のゲームしたい以外の悩みを初めて聞いた感想は?」
 いつもピンと背筋を伸ばして好き勝手やる自分しか見せたがらないアルトがこういう役に俺を選んだ理由はわかっている。
 今生き残っている連中で特に気心知れているのは俺とガンマだ。ゲーム内でもよく話したし、オフ会と称して遊びに出掛けたことも何度かあった。
 更にアルトはガンマが大好きだ。あのでかい友人の触り心地や言動、存在感をアルトは無邪気に愛している。ガンマにこういう話は聞かせたくないはずだ。
 それに、俺はよく肝が据わっていると言われるし、ずけずけと物を言う方だ。だから、俺なのだろう。
 何を求められているのかも、知っていた。
「俺に言われても困る」
 求められている答えを簡潔に言い切ると、アルトは一瞬虚を突かれたふりをして、すぐにケラケラ笑いだす。
 久しぶりすぎる緩んだ笑顔に、俺はもう一度、今度は自分のために重ねる。
「困る」
 かわいいとか、そういうことを思いそうになるのが嫌だ。
 アルトは元々見た目は美人だが、かわいいと思ったのは初対面の二秒くらいまでだった。何せ中身がアルトだ。それに、爽やかで整った容姿が、逆に主観に依った『かわいい』という感情を遠ざけていた。より客観的な評価としての『きれい』が先行するお陰で、あまり異性として意識せずに済むところがあるのだ。
 勿論それだけでなく、アルトが俺たちの前では特にがさつな、少年的な振る舞いを好むのも大きいだろう。アルトは賢い人間だから、自然な態度の中に距離や立場を守るための気遣いを混ぜてしまえる。もっとも、ゼターに対してはもうちょっと柔らかく、お姉さんぶるような部分も見え隠れするのだが。
「何が困るのか詳しく」
「…………」
 間を埋めるように問われたが、無視をした。
「なんだよー」
 普段ならこちらが引けばここまでぐいぐい来ないアルトが絡んでくる。酔っ払いかよ。酔っ払いだった。
 俺は溜め息と怒りを主成分にその姿を評価する。
「困った人だなあ」
「違いない」
 何故か親指を立てたアルトがその手のまま俺の肩を小突く。ニカっと歯を見せて笑っているのがうざい。もうなんなのこの人。バカなの? アルトなの?
 でも、それでこそアルトだとも思う。エゴで周りを振り回さなきゃアルトじゃない。こいつは変わらないのだ。
 ここに来て俺もそれなりに変わった。中身はそんなに変わってないが、元の物腰はもっとゆるかった気がする。ガンマなんかは逆に雰囲気がゆるくなった。それでも、アルトの態度は特に変わらない。
 ふと見ると、座り方を胡坐に直しながら、アルトがにやけている。
「何その顔」
「うん、美人だろ」
「褒めてない」
 とぼけながらも表情に自覚はあるのか、アルトは自分の頬をむにゃもにゃと揉んで少しだけ真面目な顔を作る。
「いやさ、お前らよく私に付き合ってられるなぁって。ちょっと呆れてた」
「今更だろ」
 考えるまでもなく打ち返すと、アルトは空になっていたコップに酒を注ぎ直して、俺から顔を隠すような前傾姿勢で言う。
「別れがつらくなるからあんまり、周りと深く関わりたいと思わないけどさ、イトカワとガンマにはもうそういうの無駄だなーと思うときあるよ。時々だけど」
「…………」
 今度はすぐには何も返せなかった。
 それはある種の敗北宣言だ。仲間と言う枠組みの中での喪う重さがカンストしていると言ってしまっているに等しい。生粋のソロプレイヤーの台詞としては、最上級ではないだろうか。
「……言ってて恥ずかしくねえの?」
 己の耳たぶの熱を顧みて問う。するとアルトは元気よく顔を上げて一目に自棄だとわかる笑顔でばしばし叩いてくる。痛い。
「いやぁ、お酒ってすごいもんですねぇ」
「映画かよ」
 言い訳雑だなこの人。けど雑な言い訳が許される気がするのは飲酒の良さでもある。たとえさして酔ってなくても、飲酒の事実というものは色々なことを許すふりをするのだ。
 だから俺も、そういうものを振りかざすことに決めた。
 さよならだけが、人生だもんな。
 アルトが飲もうと手に取ったコップを奪い取って、なみなみ注がれた中身を一気に飲み干す。美味い。まったく、いい酒の無駄遣いだ。
 満たされた腹が熱を持つ。気を紛らわすのに相応しい熱だ。今なら中二の頃の黒歴史も、普段は死んでも吐かない優しい嘘も、平気で口にできそうだ。
 遠回りならば、秘密を告白することだってできる。
「俺は基本……自分がいいようにしかしてないですよ。いつも」
 あんたに振り回されてるときも。
 眼鏡の中央を指で押し上げる仕種で顔を隠して、あまりアルトの方を見ないように努める。この場にガンマがいたらガンマにも吐かせるのに、くそ。
 意味を考えるかのように暫く黙っていたアルトはまた酒を注いで、ちびちび口をつけて鼻唄を歌いだした。上機嫌なのだろうか。
 知っているメロディだ。いつだったか話した『あいのうた』より更に古いゲームの『愛の歌』だ。「うたうのを やめなさい」とでも返したくなるが、絶対うざいことになるので黙っていた。
 途中でメロディが迷子になってきたアルトは、ふと自嘲的に口の端を上げる。
「私ら、愛の歌似合わないよなぁ。どっちかっていうと歌われて負けそう」
「…………」
 確かに俺達のこれまでの戦いは人の愛を積極的に棄てる戦いだった。きっとこれからも。だけど。
「別にいいだろ。最終的には勝てばいい」
 俺なりの精一杯で応えると、アルトはそれでこそとばかりに小さく笑い声を立てる。
 お互いに押し付け合った役割の重さは嫌って程知っていた。それがないと立っていられないところまで来たこともまた、よく知っていた。
 だからせめて最後まで、この隊長について戦おうと思う。
 本当のことばかり言えはしないから、めいっぱいの言い訳を用意して。  

MOTHERやったことないのは土下座案件ですね。CD借りたことがあって、歌が好きなんです。
時系列はっきりしなくてよくわからないのでふわっとよろしく。ふわっと。

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