謎のコスプレ、ニアミス のおまけ文

 娘がハロウィンハロウィン騒ぐので、地元の小規模なパレードで仮装させてやることにした。たまの休暇に体を休めることは出来ないが、娘は楽しそうなので良しとしたい、が。
 しかし、何故私まで仮装して練り歩いているんだろう。
「おかーさん、にあってるー」
「う、ふ……ふ、ありがとう」
 娘の幼いなりの気遣いが痛い。というか、私が落ち込んだりするとすぐ気付く娘は天才ではないかと思えてくる。
 ともかく、事態は私の詰めの甘さから来ている。
 娘のための衣装をレンタルして着替えさせたとき、店員がまず言った。
「今ならお母様の衣装は無料でお貸し出来ます」
 今なら分かる。親用の服のサクラが欲しかったのだ、あの店は。
 そして
「今はこんな変わった衣装もありますよ。きっとお似合いです。例えばこれとこれのどちらか……」
 と差し出された、黒電話をモチーフとした妙ちきりんな衣装、そして携帯電話の販売員が着ていそうな携帯電話をモチーフとした衣装を見た私は
「こっちで!」
 断ればいいものを慌てて黒電話を指してしまったのだ。馬鹿か私は。馬鹿だ私は。娘は天才なのに。
 考え込んでいるうちに早足になりかけたので、それを修正する。繋いだ手を握り直して、いつUターンしようか考えた。すると娘が、あ、と声を上げる。
「おかーさん、ふうせん」
「ん?」
 娘が指す先には確かに風船があった。配ってそうな気配。うーん財布寒いしかし。うーん。
「とりあえず行ってみよっか」
「うん!」

 寒い。
「本当に駄目なんスか? 別に上着ぐらい……」
「あーだめだめ、その上着くらいしかハロウィーンっぽくないんだよねー。元々適当にあやかる気だし」
 だったらコートを着させろ。
 思うのはいいが時給が悪くないので口には出せない。仕事って理不尽なもんだしなぁ。
 というよりこの限定品を宣伝するのぼり……。冬服を着た女の子のイラストが添えられてるのはまあまあ分からないでもない。ふわふわの茶髪に白い肌、あったかそうな上着。
 そして、何故、公家眉毛。
 もしかしたら俺は今、和菓子屋でバイトしているのかもしれない。文房具屋じゃなくて。
 微妙に歯がかち合わなくなって、使い捨てカイロの不在と自分のふがいなさを嘆く。のぼりを担いで文房具屋の前で時々声を掛けては不審がられるだけの簡単なお仕事です。
 近くで風船を配り出した。菓子屋だ。やはりこういうときは菓子屋の天下だろうなぁ。風船もあるし。
 とりあえず仕事なので、子供が興味を示したらおまけで釣ってみようと心に決める。鉛筆しか付かないけど。
 しかしでもされど、仕事だ。寒いけど。

 風船を貰ってご満悦な娘と、開いてるベンチを見つけて買ったばかりのお菓子を食べる。
 南瓜の蒸しパンは少し甘すぎるくらいだけど、焼きたての暖かさが堪らない。外ならではだろう。
「おいしいね」
「うん、美味しいね」
 これで服がまともならどれだけよかったか。
 黒電話は白黒がはっきりしているせいで目を引くようだ。さっきはお年寄りに何の仮装かと聞かれ、答えると懐かしがられた。
 黒電話の形状を思い浮かべると、四角い輪郭だけが浮き上がり、私を飲み込
「ごちそーさま」
 娘の声ではたと気付いた。また思考があちらへ行っていた。
 まだ時々気が抜けると、立方体の中とその観察者について考えてしまうようだ。しっかりしないと。
「私もごちそうさま。先に言えて偉い」
「んやや」
 食後の挨拶忘れそうだった。娘の方がしっかりしてるかも、と思いつつ頭を撫でてやる。顎を引いて喜ぶ姿に、げんなりもどこかへ行ってしまいそうだった。
「美味しかった?」
「うん! おかーさんは?」
「美味しかったよ〜」
「おんなじー」
「やーんおんなじー」
 今はこうして娘といちゃつければいい。私は今幸せだ。だから、それを精一杯噛み締める。
 十分やっていけるのだ。あんな思考は必要ない。
 ふと時計を見ると、もういい時間だった。
「じゃあそろそろ帰るか」
「ええー」
 帰ることを提案すれば娘は当然少しぐずるが、宥めて、とりあえず手に手を取り合って衣装のレンタルショップに向かう。
「そういえば写真忘れてたよね、服貸してくれたお店で撮ろ?」
「……。うん!」
 帰ってお風呂を沸かして今夜のおかずは……。予定について考えていると娘が足を止める。
「ん、おしっこ?」
 娘は首を振る。そうじゃないらしい。
 娘の視線を辿ると、そこには若い男が立っていた。見覚えがあった。確か……。
 私が頭で結論を出すより先に、娘が声をあげる。
「ふれきしぶる!」

「え……えすぱー……にゃ?」
 携帯嫌いの電波さん略して携帯電波さんと、その連れの女の子が居た。
「え、えと……鉛筆は、いらんかねー……」
 青くなって口をぱくぱくさせる携帯電波さんと女の子に、一応声をかけておく。
 女の子は普通の、といったら何だけど普通の可愛い衣装が似合っている。小さい子の特権だよなぁ、こういうのが似合うのは。
 携帯電波さんは、黒電話? っぽい、ちょっと奇妙な衣装が似合っていない。小さい子の特権……。
「知り合いに見られた……じゃなくてまた会うとか……」
 本人は相当恥ずかしいようで何だか怪しげにぶつぶつ呟いている。
 女の子はちょこちょこ俺の元に寄ってきてにこにこしている。いちいち仕種がちょこまかしてて、子供っていいなぁ。ロリコン違うけど。
 そして女の子は元気いっぱいに言う。
「とりっくおあとりーと!」
 あ、お菓子ない。
「ごめんね、別に応えなくて大丈夫だから」
 俺がお菓子なくてごめんねーと言うより先に、携帯電波さんに謝られる。
 首を捻る女の子に少し視線を合わせて、携帯電波さんは色々と説明する。
 あまりに横顔がそっくりな母娘の姿に思わず和み、俺は一つ身震いをした。やっぱり寒い。そして背に腹は替えられない。
 さりげなく母娘を雑踏から遠ざけながら、俺は頼み込む。
「ちょっと文房具買いに来ません?」
 さっきから顔色が赤青黄色白紫と変化している携帯電波さんはきょとんとして、次に大笑いする。
「あっはっは、うん、ああ、もうまあいっか。文房具ならものすごく消耗品だし。マッチじゃなくていいの?」
「んやっ、びんぼー?」
「いや、少女違う」
 もう人目を気にする気も失せたらしい携帯電波さんは時計を見た後、
「貸し衣装屋に荷物預けてあるから小銭しかないけど」
「よりみちぃ?」
「うん、そう」
 さっきと言ってることが違ってごめんねーなどという和やかな会話の間も俺の体が冷え込む。さっきからちょっと悪寒が異常なので風邪でも引いたかもしれない。
 俺はいかにも適当な店主が居そうなぼろくて小さい文房具屋に二人を案内する。といっても俺の足で五、六歩だ。
 緩慢に自動ドアが開き、一歩踏み込むだけで気温が変わった。ぶわ、と鳥肌が立ち一瞬体が震える。そしてここが楽園に見える。室温万歳。
 個人的すぎる事情がバレたのか、携帯電波さんは俺の顔をちらっと見て吹き出した。
 レジの店長が、サボりのサの字の口のまま数秒固まる。外に立たせておいて期待してなかったのだろう。とにかく今はすべてがありがたい。
 落ち着きなく周りのものを見る女の子を尻目に、携帯電波さんは俺の肩を控えめに突く。
「ね、限定品ってこれ?」
「ああ、そうです」
「ふぅん……」
 気に入ったのかそうでないのかわからない表情のまま、キャラクターの絵の鉛筆をがしっと手に取る。そして女の子を呼び付けた。二人は楽しそうに話し合っている。
 少しして携帯電波さんの顔がこちらを向く。何故かこの微妙な商品は、母娘に気に入られたようだった。
「一ダース貰うわ」
「まいど。おまけにこれも付きます」
 俺に福音をもたらした母娘は買い物をするとあっさり帰って行った。並ぶと本当にそっくりで、不思議と後ろ姿に声を掛けたくなった。
「安生さんに、よろしく言っておきましたよ」

 煩い目覚ましで目を覚ます。今朝も隣の娘がその音で目を覚ますより先に目覚ましを止めることに成功した。
「あー……」
 昨日は少し疲れたけど、イベントでありがちな出費で財布がいつもより少し痛いのもあり、いやそんなのなくたって仕事だ。
 うん、平常通り。
 脇に置きっぱなし白いビニール袋からハロウィンの絵柄の鉛筆とか、いやにキラキラごてごてした鉛筆とか覗いてない。

2011/10/29:うっかり娘ちゃん五歳を結構しっかり漢字表記とかさせてしまっていた。陳謝。

2009年ハロウィンindex