とある教師と生徒のバレンタインデー

「山里、ディスコミュニケーションは和製英語だから一応外しとけ」
「マジ?」
「『マジ?』じゃねえ、『マジですか?』だろ」
「マジですか?」
「……一生徒なんだから『本当ですか、先生』とか言えねえのかよ」
 俺の返答に、最後に小声で文句を言い舌打ちをして、英語教師の日向神乃は別の生徒の文も見て周る。
「相変わらず大介は自由に作文させるとむかつくくらい性格が出るな。最低に底意地悪いが堂々としてるとこが好感度高いから先生贔屓しちゃいたいとこだけど普通に満点だ」
「先生地味に肺活ありますよね。あ、すみません『無駄に』の間違いでした」
「Fu●k」
 やんちゃな生徒相手だと日向神乃は口が悪い。多分素が口悪いんだろう。それでも一応、他の教師や真面目な生徒相手では大人しい。
 しかし、例外が居る。俺だ。……いや、授業中はよく寝るが、他の居眠り系の生徒相手なら日向神乃は対やんちゃ仕様の態度にはならないのだ。マメに起こし、こつこつ減点。
 それなのに、こんな感じだ。心あたりはあるので納得はしている。
 日向神乃は俺に割と特別好感を持っていると思われる。
 俺も日向神乃に特別好感を持っている。具体的に言うと、飾らない通り越して身だしなみがどうかしている態度とか、どう考えても生き方がド下手なとことか、そういうとこが好きだ。
 しかし、かといってこういう態度で居られると、『普段お世話になっている』という言い訳が役立たずで困る。
 困っているのは今。言い訳が必要なのは明日、バレンタイン。逆チョコと感謝チョコの両方を業界が煽ってくれたおかげで思わず買ってしまったチョコを、なんとか処分したい。
 そして、プレゼント類を渡したいと思える女性は、日向神乃しかいなかった。

 そんなことをうだうた考えていたら風呂でのぼせた。本当ならバレンタインにしたかった鼻出血が風呂を染めた。そこそこ惨事だった。

 あっという間に次の日になり、誰からもチョコを渡されないまま(というかそもそも俺は隙間時間に寝すぎて「それとって」「はい」以外まともに他人と会話をしていない気がする)全授業が終わった。
「山里、ちょっと残れるか?」
「…………ん」
「じゃあ玄関とこの自販機前で待っててくれ」
 というさっきの日向神乃とのやりとりも寝すぎておぼろげだ。
 個人でコンタクトを取ろうとしてくるなんて、珍しい。
 まあ普通に、何も考えず逆感謝チョコ(こう書くと俺が実は感謝される側みたいだ)を渡せばいいかな。
 あったか〜いの飲み物を飲みながらぼうっとしていたはずだったが、いつの間にか俺は寝ていて、しかもビンタされて起きた。
「寝るな! 寒いぞ死ぬぞ!」
「…………死なねえよ暴力教師」
「遅くなったら帰っていいって言ったのに」
 俺の寝ぼけた返答をスルーした日向神乃は低く唸って、眉間に皺を寄せる。どうやら俺は日向神乃の言葉を聞き逃していたようだ。
 俺は皺寄せられた眉間がなんだか可哀想になり、指で伸ばす。
「山里、私以外にそれしたらきっとセクハラで訴えられるぞ」
「眉間が可哀想だったんですよ。あと俺なら大丈夫。家近いし先生にしか用事ないし」
「は? 私に用事?」
 疑問符を顔いっぱいに貼っつけた日向神乃が可笑しくて、俺は噴き出す。
「業界に担がれて余計な感謝チョコ買ったんです」
「……一応、校門出たら貰う」
 俺たちは心なしか早歩きで校門を出る。歩調が自然とゆっくりになると、神乃さんが言う。
「私からもやるよ。義理と人情だがな」
「マジですか」
「ちなみに嘘だ一市民」
「嘘かよ」
 俺は舌打ちして、鞄からチョコの箱を出し、そのまま神乃さんに押しつける。神乃さんは殊勝な態度で受け取り、箱を突っ込めばいいのに何故か自分の鞄を漁り始めた。
「あ、ありがと。私からのは……」
「嘘じゃなかったのかよ」
「義理と人情が嘘だよ普通に考えろ」
 神乃さんの普通ってどこにあんだよ。
「はい、友愛チョコ」
「なんとも金星っぽいと俺は思った」
「口に出てるぞ。あとそれ時事ネタとして古すぎる」
「あなたとはち」「黙れ」
 そんなやりとりをしつつも素直に受け取る。ラッピングがド下手なのですぐに素人作だとわかる。
「ありがとな」
「んー」
「そういやなんで俺に?」
「あー……」
「え、まさか本命とか」
「死ね。あー……自分が中坊で、小坊たちの中に同じ中坊が一人居たらなんか話しかけちゃうじゃん?」
「……まあな」
「だろ」
 のんびり、分かれ道がどこかわからない道を、同い年の俺たちは並んで歩く。

「お」
「どうしたの大介」
「いや、同じ時間取ってる三十路前のオッサンとセンセーがいちゃついてる」
「ふぅん。チクるの?」
「んーん。ヒナタセンセーと仲良いし。でも友達と盛り上がる。年増の色恋ウケる」
「笑っちゃ悪いよ。てか珍しいの?」
「うん。ウチの高校定時制っても十代ばっかだから滅多に見れない」

「友チョコとか学生時代以来だ」
「ん? 俺らの世代でもあったか?」
「大学時代な」
「自慢げな顔すんな死ね」

電撃文庫マガジンのなんかあれのお題に沿って書いてみたやつ。結構古い。
バレンタインうpると思うって言っておいてうpってなかったから。ほんのちょっとだけ改稿。

index