Hello and Goodbye and Hello.

「この小説、私好き」
 一学期最終日の放課後、クラスメイトの楠木に、そんな言葉を投げられた。
 俺は何か投げ返そうとして、結局何もなくて、とりあえず笑った。
 俺はこの夏創作活動を始めて、それを学校で公表していた。突然発表しだしたというのに、その短い小説は、概ね好評だった。
「……ごめんね、私文野くんと話したことないのに、突然」
 無言でいると、楠木が謝りだした。俺は慌てて頭を振る。
「いや、ううん、全然。っていうか超嬉しいよ」
 耳の後ろがかぁっと熱くなるのがわかる。楠木が女子だからじゃなく、ただ、身体が照れることを思い出しただけだ。どうして俺は、褒められたのに照れるのを忘れていたんだろう。
「そっか。よかった」
 楠木が薄く微笑む。
 しかし、そんな表情も長くは持たず、ちらっとこちらを伺う仕種をする。途端に俺は落ち着かなくなる。
「な、何か批判もあったりする? 一応、どこか悪いとこあるなら、聞きたいんだけど」
 楠木は視線を明後日にやって、一瞬唇を開いて、そのまま、唇を閉じてしまう。
 無言が、怖い。
「……うまく、言えないんだけど」
「う、うん」
 心臓が早鐘を打つ。
「……ん……あの、」
 相槌すら打てずに、不躾に、楠木の唇を見つめる。凝視したところでそこから飛び出た言葉に対応出来るわけじゃないのに。
「なんで、書いてるの?」
 今度は俺が無言になる番だった。正直に言えばいいと心の誰かに言われるけど、正直な理由は喉につっかえて、出てこない。
 思わず、楠木の肩を掴む。すぐに自分の行動に気づいて手を離して、なんとか言葉にする。
「あ、ごめん楠木。えとそうじゃなくて、え、なんで、えっと、なんでそう思ったの?」
 俺が奇行に走ったにも関わらず、楠木は大真面目に考え、答える。
「なんとなく、感覚的なものなんだけど、違和感があったから」
 楠木は『考え中です』と仕種で告げるように顎に手を添えて、また黙りこむ。しかし、今度はすぐに言葉を発する。
「ねえ文野くん、この後私、お昼適当外で食べるんだけど、一緒しない?」
 突然の誘いに驚いて、俺はまた黙ってしまう。
「あ、ごめんね。急に。まだ話し、したいなって。でもお腹すいたから」
 はにかむ楠木を見て、少し肩の力が抜ける。
「あ、いや、うん。そうしてくれると嬉しい。俺もなんか、気になる」
 予定がなかった。小説が気になった。けど昼食を一緒に摂ろうと思ったのは楠木が可愛かったってのもあって、なんだか後ろめたかった。



 結局その日は収穫がなく、楠木はもっと読みたいと言うので、夏休みに入ってから何度か楠木と図書館で落ち合った。俺が書いた小説を読んで貰うためだ。
「それにしても多作だよね」
 図書館付属のテラスで缶ジュースを傾けながら、楠木は言った。
 何の気なしに言った言葉だったんだろう。だから俺も何の気なしに返事をする。
「まあ、もうちょっと作らないとあいつらに認めさせられないだろうし」
 楠木が眉根を寄せる。俺はそれにビビって、今言ったことが一学期の最終日に喉につっかえて出なかった理由に関わることだと思い出す。
「どういうこと?」
 涼しいのに、汗が出た。けどここで止まることを楠木の視線に許されてない気がして、続きを口にする。
「仲間内でさ、同じ本読んで、俺がつまんねっつったらじゃあお前書けよって言われたんだ。短いから書けるだろって、思った。で、ほんとに、書いた」
 楠木の顔が見れなかった。なんでこれだけの簡単な理由なのに楠木の顔が見れないのか、それが形にならなくて、下を向いたまま混乱する。
「……一学期最後の日に言ったの、私、別に的外れなこと言ってなかったんだね」
 楠木の言葉が冷たい気がして、それだけで落ち込みそうだった。少し過ごしただけだったけど、俺は結構楠木が好きみたいだ。
「やめなよ。文野くん」
 責められてる気がして、頭の芯が熱暴走する。
 結局『じゃあお前書けよ』って言った奴からは、小説の感想は貰えなかった。あいつはただ冷めた目でこちらを見ただけだった。
 視界の不明瞭な部分に、楠木の考えるポーズが入る。唾を飲み込もうとして、飲み込めない自分に気づいた。
「……ねぇ、痩せたでしょ」
「…………はぁ?」
 自分の素っ頓狂な大声に誰かが振り返った気がして、それでも楠木の言ってることの方がわからなくて、思わず顔を上げる。
「ゼッタイ痩せた。文野くん疲れてるもん。だめだよ、そんな理由でもの作っちゃ」
 見ないフリをしていた傷口に消毒液をぶっかけられた。そう思った。
「文野くんの小説、私好き。だから文野くんが心配で、小説今は、やめてほしい」
 心配してくれている。それでも、痛みで一週間は落ち込みそうだ。
 図書館で過ごす時間を失う残念さが思ったより大きくて、つらい。間違えた小説の痛さだけでももうだめになりそうなのに、追加要素が切なくて壊れてしまいそうな自分がいた。
 楠木はそんな俺の顔を覗き込む。
「……なんか今日だめだね。ねぇ文野くん、図書館次いつ来れる?」

電撃文庫マガジンのなんかあれのお題に沿って書いてみたやつ。結構? 古かったはず。
小説、を題材で書いてますが、ニコニコ動画が元ネタです。
ちょっとだけ改稿。そして改題。

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