歌姫たちのいる道―Shall we sing?―

まんがこっち

 ある商隊に、キノとエルメスとエリアスとサラとがいた時期の、朝のことです。
 キノがいつも通り夜明けと共に起きてパースエイダーの手入れと抜き撃ちの練習を済ませる頃、唐突に声がしました。
「ところでキノ、ひとつお願いがあるんだけど」
「うわっ」
 キノが驚いて振り向きます。声の主はエルメスでした。
「エルメスが早起きするほどのお願いって何だい?」
 エルメスの自主的な早起きまたは徹夜は前例がないこともなかったので、キノはすぐに落ち着いて聞きました。
 すごくくだらない用事か、何か本当に気にかけるべきことがあったのか、どちらかだろうなとキノは思いました。
「サラの歌もいいんだけどさ、久しぶりにキノの歌が聴きたくなった。歌って」
「…………」
 すごくくだらない用事でした。
「聞かなかったことにしておくよ」
「えー! いいじゃん、小声でいいから!」
 キノはあまり気乗りしていませんでしたが、エルメスがあまりにせがむので、小声で歌ってあげました。
 ゆっくりで、アップテンポで、なめらかな歌でした。

 実は前の晩に、寝付けなかったサラと夜更かしのエルメスはこんな会話をしていました。
「キノも、入国した朝からサラの歌は気に入っていたんだよ」
「そうだったのね。嬉しいわ」
「キノがあんなに満足げに気に入ったと言うのは珍しいんだ。本人が上手いからかな? あそこまでは滅多にない」
「キノさんも歌が上手なの? 聴いてみたいけど……頼んだら歌ってくれるかな」
「うーん、どうだろう。……そうだ、ちょっと試してみたいことがあるんだけど……」

 朝。ゆっくりで、アップテンポで、なめらかな歌の始まりから終わりまで、サラは心を集中させて、耳をそばだてていました。
 エルメスとの計画通り、しっかりと歌を覚えます。
 仕事のために急いで歌を覚えたこともあったサラにとって、シンプルで印象的なその歌を覚えることは難しくありませんでした。

 そして午後のお茶休憩の時間。
 サラはすくっと立ち上がると、「すてきなお茶のお礼に」と言ってお辞儀をして、歌い始めました。
 ゆっくりで、アップテンポで、なめらかなあの歌です。
 誰より目を丸くしたキノに、サラは手を差し伸べます。
 キノはエルメスを見てから、サラと目を合わせて少し困った顔をします。サラはずっと笑顔です。
 とうとうキノが根負けして、照れくさそうに、でもしっかりと、一緒に歌い始めました。
 商隊の皆は、それぞれ聴き入ったり、驚いたりしています。
 一番衝撃を受けていたのは
「…………あの殺し屋が」
 エリアスで、一番満足げだったのは
「えっへん!」
 エルメスでした。

やっぱりエルキノと同じ工場で作ってる感は出ている。

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