すてきな暴力、死んじゃう前に。

 セックスは暴力の一形態に過ぎないし、暴力もまたセックスの一形態に過ぎないんだよ。
 だからどっちかの才能に優れる者は、もう一個の才能にも優れるといっていい。
「……だからねコベニちゃん、そんな顔しなくてもいいよいいよ。デビルハンター的にも暴力下手じゃ困るじゃない」
「はぇ……で、で、ででも私、ほんとにはじめてで」
「コベニちゃんは素直に、やった〜最初から上手! って思っとけばいいんだよ」
「ぶえぇ……ぇ、ええ……?」
「ごめんごめん、帰りに点心でも食べよう。美味しい中華料理屋あるってこの前聞いたんだ」
 初めてとは思えないくらい上手だったよ〜と褒めたらなんか落ち込んじゃったコベニちゃんの素肌の肩を抱き寄せて、子供相手にするみたいに慰める。
「点心……わかりました」
 食べ物で上手く釣れちゃう辺りがまんま子供で、オレはちょっと可笑しくなってかわいいかわいいと頭を撫で回す。髪結んでないからちょっとくらいくしゃっとやっても構わんのがいいな! なんてささやかな特別感を楽しむ。


 どうしてこうなったと言われてもそんな雰囲気になったからとしか言い様のない、普通の、ごく普通のセックスだった。


 その日はデビルハンターの仕事がちょっと早めに終わって……っていうか一日かけるはずだった案件が朝早くにちょちょいのちょいで片付いてしまって、応援に行くべき現場も特にはなかった。で、一度集合する必要がある時間までその辺ぶらついておいて〜もし悪魔見つけたら狩っといて〜ってな感じの雑な解放のされ方をしたからバディのコベニちゃんと商店街とか見て回りながら健全に遊んでた。
 それがなんとなく猫を追いかけて路地をお散歩していた辺りでちょっと風向きが変わる。家の中には爺さん婆さんとか主婦や赤ん坊とかがいるんだろうけど外には誰も見えない、小さい家がひしめく小さな自治体で猫じゃらしを引っこ抜いたり死骸を運ぶ蟻を応援したりしながらなんとなく、なんとなく距離が近くなって。
 多分マスクしてなかったらここでキスするのが正解正解も大正解なタイミングで肩が触れ合って、コベニちゃんの頬にそれこそ小さく紅がさしてお互い離れようとしなかった辺りで何かが通じあったと共に何かの確認が終わって、オレはコベニちゃんの小さな左手を右手で絡めとる。
 仕事のバディだし気まずくなるのはよくないな〜と思うけど、ようは気まずくならなければいいじゃ〜〜んなんてことも思うからオレは敢えていつも通りの明るさで提案する。
「コベニちゃん、いいこととわるいことどっちがしたい?」
「え……あの…………」
「あははなんちゃって!」
「なんちゃって……?」
 困惑しまくるコベニちゃんもいつも通り。いつもとの違いはただ指を絡めあって逃げる気も逃がす気もないところと会話の中身くらいのもんだった。
「そそ。どっちにしろ同じことだからね」
 オレはコベニちゃんの視界の中心に向かって屈みながら繋いだ手を掲げるみたいに持ち上げて、マスクのくちばしの下側で口づけるような仕種をしてみせる。「ひぁっ」と小さな悲鳴が出てきたんで、本当に嫌がられたらまあもぐもぐタイムにしようぜとか言って違う話題に撤退しちゃえばいいや、とオレは逃げ道を頭に用意した。
 だけどコベニちゃんは顔真っ赤で今にも逃げ出しそうな震える唇で逸らした目で、それでも逃げたり謝ったりはしない方を選ぶ。
「い、いいことの方が……いいと思います……」
「おっ、やった。じゃあいいことしよういいこと!」
 思いのほか色よい反応に気分がよくなったオレは握った手を軽く振りながら引いて路地を出てく方に歩き始める。
 コベニちゃんがちゃんとついて来ることを確認して進むペースを調整しながらも、恥じらいつつ怯えるでも嫌がるでもない顔をチラ見するとお昼休みのようなウキウキウォッチング、自然と足取りは浮き立つ。やったぜいえ〜い!
「暴力さん、どこにいくんですかっ?」
「いいとこだよ〜」
 いいことすんだから場所はいいとこがいいに決まってる。
「あんまり遠くへ行くと……」
「わかってるわかってる。近くにあるよ」
 たぶんね!
 この期に及んで仕事の心配をする気の小さいコベニちゃんに大丈夫大丈夫の呪文を投げかけながら集合地点からそんなに離れてない場所の所謂そういったホテルを見つけて、するっと入ってく。ここ入るの初めてだけどなんとかなるなる。
 無人フロントの横で部屋選びのパネルを前に無意味にはしゃいで(イヤホント無意味だったなんたって面白そうな部屋大体埋まってたし)面白みはないけど代わりになるべく目に痛くなさそうな部屋を選ばせてもらって狭いエレベーターに乗っかって、落ち着いたとこでずっとオレに隠れるみたくくっついてるコベニちゃんに笑って聞かせる。
「な、近かったろ」
「はい」
 ぎこちなくへらへらした、でも別に泣きそうな感じではない笑いが返ってくるからって何故かちょびっと悪戯心が動いて、オレはコベニちゃんを抱き寄せてその小さな頭ごと自分の顎の下に収める。額や髪にキスひとつする代わりとでも思ってほしい。
 そんでそのまますっと体を離して目的の階への到着を待って、無駄にキョロつくウチの小動物ちゃんを連れてとととっと到着っと。
 がちゃんとオートロックが掛かる音がしてからやっと、絡み合って固まりかけてた指を解いて開放する。指同士による圧迫がなくなって血行がよくなるジンワリした暖かさと手が離れた冷たさが拮抗した妙な感触を弄びながら、オレはベッドにどかっと座ってスプリングで遊ぶ。行儀は悪い。
「コベニちゃんもおいで!」
「あ、はい……」
 コベニちゃんの方はせっかくのスプリングの弾力をあんま楽しめない大人しい座り方しちゃって、だから代わりにオレがもう一度お尻を浮かせてぼよ〜んとベッドを波立たせる。
「わ、わわっ。………………ふふふっ」
 コベニちゃんは戸惑いながらも笑って、今度は自分でもぴょこぴょこ跳ね出す。なにこれメッチャかわいい。
 でも跳ねるのが目的でここに来たわけじゃないんでほどほどのところでオレはコベニちゃんの手をそっと捕まえて、今度は絡まない程度に自分の手に乗せる。
「先にシャワー浴びた方がいいと思うんだけど、一緒に入っちゃおっか?」
 舌の上に『ウソウソお先にどうぞ』を用意した上でしたお茶目な提案だった。はずなんだけどコベニちゃんの方が緊張しつつも首を何度も縦に振るからネタばらしの出番はなくなって、嘘の代わりに出た真でオレは「よっしゃ行こう行こう!」なんてエスコートしちゃう。
 とはいえお風呂でそのままなんてのもアレだから体を洗うとき以外は頑としてタオルを離さないコベニちゃんにはお背中お流ししてさしあげる以外のちょっかいは出さない。目が楽しいからアリアリ。
「せ、背中、流すくらいは私も……。代わりましょう」とか言われてお言葉に甘えたり「マスクの中って、洗えないんでしょうか……」って呟きを笑って受け流したり(だってマスク外せるのって公安の中でどれだけ暴れても確保されることができちゃう環境下とかもう大ピンチでマスク外すしかないときとかくらいだろうし)する一幕はあれど、残り時間的にも長風呂は遠慮してざばっと上がる。
 そんで、コベニちゃんの髪とオレのマスクが最低限乾いてから流れるように押し倒して、備え付けのガウンはすぐにお役御免となってもらう。うぅんなんかずっとはしゃいでるな〜まあ楽しいもんな〜と納得しながら脆い脆い人間の女の子に優しく触っていった。
 たとえば顎から耳にかけて、たとえば体温とドライヤーの熱が籠もった髪の中、たとえば首筋から肩、たとえば手指の先から甲を辿って二の腕、たとえば鎖骨を下って胸、ほっそいのに柔らかい腰回りお腹周り。
 恥ずかしがって蓋をしようとするような控えめな反応がなんとも初いもんで、大事に、なるべく大事大事に手で体で触れて回る。太腿の内側を撫で上げて――――とその先はあまり詳しく語らないことにしちゃうけどコベニちゃんはオレの愛撫がお気に召したようでいい感じに甘い吐息を吸っては吐いて時々詰めてと気持ちよさそうにしてた。
 コンドームさんの出番がやってきてからは流石にちょっと痛そうなのもあってもう少し慎重にコトを進める。本当は唇や舌でやってあげたいことも沢山あるしキスもしたいけどできないから諦めて代わりに手のひらで顔を撫でたり側頭部同士を擦り付けたりして、その後から体温と体の形を馴染ませるようゆっくり動く。
 やっと少し慣れてきたかなぁと思うくらいの頃、コベニちゃんは思いもよらない行動に出る。なんとベッドのスプリングを上手く使って自分でも下から腰を動かしはじめたのだ。
 いやも〜エッッッロくてびっくりした。
 どうやら、してもらってばっかなのが気になった(ってか多分正確には一方的に貰い受ける側なのが怖くなったんだろうね!)らしくそんなようなことをぼそぼそ言いながらうぶな癖に何とも素晴らしい腰遣いを披露してくれる。動きを合わせるのが上手いってぇか、もはや巧い。
 そればかりかぎゅっとオレの体を抱き返したまま首筋や胸に懸命に唇を押し当ててきたりなんかもして、いじらしさまで満点でオイオイどうした期待以上だぞ? とさしものオレもついつい強く押し上げちゃって、んで慌ててストップ。
「んぐっ」
「わぁ、ごめんな! 痛かったな今の〜」
 一瞬コベニちゃんの声に苦しそうな濁音が混ざんのまでハッキリ聞こえたから、頭を撫でながら謝る。
「だ、大丈夫……ですぅぅ……」
 コベニちゃんは頭にあるオレの手に自分の手を重ねて上から指を絡めるとそのまま顔まで引っ張ってきて控えめに食む。
 オレの手の側面が、指がコベニちゃんの唾液で濡れてった。
 その熱さに惹かれてこっちからも指を差し入れて舌の上を指の腹で行き来してやれば、コベニちゃんも舌や唇の動きでそれに合わせたり寧ろ積極的にねぶったりしてくる。べっちゃべっちゃだ。扇情的にもほどがある。
 そんでそんな喋りにくそうな状態のまま『もっとしてください』って一生懸命伝えられたらオレとしてもやっぱ応えちゃうわけで、両腕でコベニちゃんを閉じ込めて深くまで何度も突き上げる。
 また苦しそうな声も上がるけど今度はコベニちゃん自身が腰を動かすのもオレの体に唇や舌を這わせるのもやめないから、オレもやめてはあげられなかった。


 で、終わったあとの会話から冒頭に戻る。


 ちなみにコベニちゃんに話した『暴力はセックスの一形態でセックスは暴力の一形態』って考えはその場で捻り出したもんじゃなくて、直感的に正しさを感じてる持論だ。
 現にオレは男としてだけじゃなく暴力の魔人としても満足しちゃってる感じがする。勿論途中から少々激しくなったせいもあるだろうけどそんだけなら途中までは物足りなかったはずで、実際はそっとそっと触っているときでさえ渇望こそあっても物足りなさなんて一ミリも感じてない。
 つまりはどんなに慎重に優しく――包装紙を破らず綺麗に開けるみたいに仔猫を甘やかすみたいにしたとて他者を暴く行為ってのはやっぱ暴力なんだろう。
「そういえばコベニちゃん、色々痛くなってない?」
「……あ、はい、えぇと……実は結構痛いです」
「だよなぁ〜、ごめんな〜途中からあんまり手加減できなくて。……できなくなっちゃってさあ」
 若干の流血沙汰になってたのを知ってから『調子乗った〜〜!』と反省したんだオレは。アホだ。
「い、いえ! 私も夢中で…………気づいたの、さっきなので……」
 咄嗟なのか体を起こして反論するコベニちゃんは途中から顔を両手で覆って果てはごろんと寝て背中を向ける。穴があったら入ってそうだなあ。
 けどぶっちゃけ真っ赤な耳が髪を掻き分けて突き出していて何も隠せてない。顔色丸わかりだ。
「すみません、すみません」
「え、ええぇ〜、なんで謝るのコベニちゃんが!」
「だって……なんか、調子に乗ったの、私ですし」
「そうなの?」
 コベニちゃんの口から出てきた『調子に乗った』の一言でオレの中の反省の色が一気に喜色ばむ。いかんいかん反省は別個に取っとかないと。
 そんな内心つゆ知らずなコベニちゃんは、ついに体をダンゴムシよろしく丸めて小さくなる。
「は、はい……うぅ……」
 そうじゃないのにな〜。
 コベニちゃんが点心のことも忘れて真剣に落ち込んでんのにオレはついついほっこり笑って、丸まったままのコベニちゃんを抱き抱えるみたいにしてごろんとこちらへ向けて転がす。
 何も泣くことないのにな。
「オレも調子乗りまくってたからおあいこだぜ」
 ぴーすぴーす、とブイサインを向けるとコベニちゃんはやっとへらっと笑うけど涙がそのままなんで丁寧に拭ってやる。
「今度のときはこの反省を活かしてしよっか」
 気弱な子に判断を丸投げするのも酷だから疑問形を排して言えば、コベニちゃんは目を丸くする。そんなつもりなさそうなら引くこともできるようにオレは急がず慌てず「ん?」と首を傾げて待ってみた。が、コベニちゃんの反応はやや斜め上をカッ飛んでく。
「え、また? …………いいんですかっ!?」
「ぶははコベニちゃん、それこっちの台詞〜〜!」
 なんかもう痛快でオレはついに腹を抱えて笑いだしちゃうし、コベニちゃんもひとしきりびっくりしたあとで釣られて笑う。
 現金なこの子がこの反応ってことは、オレたちちゃんといい感じのいいこと出来てたってことだろう。よぉし次はもっと甘やかし放題甘やかしちゃうぞ〜っと近い未来に希望を灯してオレはいい加減ベッドから起き上がる。
 そろそろ着替えて中華料理屋に向かわないと、集合時間気にして食べさせ損ねることんなる。
 ただでさえ人生は儚いんだ。善くらい急がなければ。
 オレの元の人間みたいに死んじゃう前に。時間が来る前に。

鉄は熱いうちに打ち、そして体はあたたかいうちに撫でるべきだ。

index