女性の喰種が性交の際に赫子を出しづらくなるのは、生き物としてさほど間違った設計ではないと彼女は考えていた。
愛を以ての和姦なんて野生の動物からしたらレアな方だ。猫なんか確実に種を残すための設計のせいでメスは必ず痛い思いをするように出来ている。と。
「エト、赫子。出せる?」
「……ナメんな、まだいける」
背中から話し掛ける彼を余裕のない顔で睨みつけて、彼女は赫子を出す。
「コンマ二つ遅い。いつもより」
「くっそ」
快楽の坩堝での実験は、喰種という、残り続けるには少々歪すぎる儚い生き物の記録を残すために行われた。
この地上から消え去ったあとに、遺るものが少しでもあればいい。それは子を残そうとするかのような祈りだった。
それなりの趣向としての一面もなくはなかったが、わざわざ記録しているのは、目的ありきの行動だった。
やがて彼に拓かれて久しい彼女の奥深くで、抱かれがちな異物感や痛みを本能が飲み込み終わる頃、彼はもう一度問う。
「エト、赫子は出せる?」
彼女は意味のない発音を無理にこらえて応える。
「いま、やるっ」
再び今再びと優しく穿たれながら、出そうとした赫子は不発に終わる。
「……やっぱり、この段階がボーダーか」
彼の呟きに、彼女は反発する。
「も、すこし、やらして」
その宣言から数秒、見守る彼の目の前で、彼女の白い背中の皮膚をRc細胞が突き破る。
が、何とか破って出てきたRc細胞はしっかりとした形を保てていなかった。構成する細胞の入れ替わりが激しい羽赫の赫子にしたって不定形であり、何より柔らかかった。
彼が彼女のそれに触れると、べちゃりと指が沈み込む。
彼女が声を上げる。
「痛みか」
彼の問いに彼女は首を振る。
「やっば、トびそう。わけ、わかんないけどっ、気持ちいいんだと思う」
「そうか」
彼はあまり表情を変えないが、少しよからぬことを考える。
華奢な背中に生えた、未完成の翅のような赫子。嫌な臭いはしない。むしろ――
彼はゆっくりと彼女の翅を舐め上げた。
彼女は最初暴れて、それから体は大人しくなる。ずっと騒がしいままなのは、とろけた嬌声ばかりだ。
「きしょー、くん! も、やめて……」
「待って。もうひとつ」
彼女の懇願に彼は応えず、ついに柔く溶けつつある翅に歯を立てる。
そして彼女が耐えかねて何度目かわからない絶頂を迎えたのもわかった上で、そのまま齧り取る。
好奇心に狂うように、彼は彼女の翅を咀嚼して、胃に送り込んだ。
「人間の味覚でも、いけるなぁ」
彼なりの興奮が口調に滲むのを聞いて、彼女は気持ちいいやら悔しいやらの複雑な状態に陥る。
結局【彼女】はすっかり平らげられて、さらに暫くは名残が滲み出る皮膚のやぶれを吸われ続けた。
「そういえば、途中暴れたの、あれ本気だった?」
やりすぎたお詫びとして、肩凝りとお友達と自称する小説家でもある彼女の肩を揉んでいた彼がふいに疑問を口にする。
彼女は少し拗ねたままだったが、あぁ、と応える。
「加減なんかするほど余裕なかったよバーカ。……ま、力の抑制も働くんでしょうね。そこは男女とも知りたいところね」
聞いて回るとか何でも調べようはあるなー。とぼやく彼女は更に続ける。
「たまには普通にやりたいし、実験はここらで一旦中断しとこ」
「そうだな」
彼は頷くが、余計な一言を付け足す。
「でもさっきのエトは可愛かったな」
その発言のせいで彼は、羞恥半分に怒り心頭な彼女の足先まで揉まされることになるのであった。
2018年産有エト。眠れなくて書いたらくがきだった。ちょっとえっちめだけどセーフだと信じて。
下に一緒に書いた短い会話をおまけで。
「……そんなに奪うのは嫌なばかり?」
「多分……奪うばかりなのが嫌なんだ」
「なるほどねぇ」
少し眠たげな顔を寄せあって、灯りを落とした寝室でふたりは言葉遊びのようなやりとりを交わす。
「私はねぇ、折角なら楽しむのも報いかなって思うよ。…………ふふ、都合のいい言い訳でしょ?」
無私の采配も手前勝手な歪んだ心も併せ持つ彼女は、ささやかに笑い声を漏らす。暗闇浮かべている笑みはどちらの本質を表出させているのだろうか。それはだれにも見えない。
「じゃあ、君は俺の分も楽しんでおいて」
「……おいおい」
僅かに甘えるように頬を彼女の頭にすり寄せる彼に、彼女は呆れたようにため息をつく。
「アンタが私の分も悲しんでくれるとでも?」
「君が望むならね」
言外に『望みそうにないけど』と言っている彼の頬骨に頭突きをして、彼女は返す。
「上等。その交換乗った」