食べたパンの枚数を数えるようなかわいそうな愚行

「狩沢ちゃんさー」
「ふん?」
「警戒っつーのかな、距離取ったり、しないの?」
 度草のバンに寄り掛かって、温かい缶コーヒーを飲みながら、臨也は疑問を口にした。
 銘柄以外ほぼ同じものを飲みながら、狩沢は白い息を漏らして笑う。
「先言ったじゃん。あたしたち二次元狂。三次元の嗜好なんて、大体生温かく見守れるよん」
「ふぅん」
 どこか空中を見ながら、臨也は一口コーヒーを飲んで、溜め息を吐く。
「ドタチン遅いねー」
「確かに、ゆまっちと度草さんも戻って来ないし」
 温かいコーヒーを飲みながら白い息を漏らせど、二人はバンに入ろうとはしない。
 再度臨也が溜め息を吐いて、狩沢は笑う。
「っていうか、さっきから退屈してない?」
「……いや、別にそうじゃないよー。ただ、ぼーっとしてるだけ」
 臨也は少年の照れ笑いに似た仕種で笑った。
 ――三次元への興味が薄いからなんだろうねぇ。新羅のそれとも違うし。ドタチン似、ってのもあるのかな。
 ――こいつら(片方しか居ないのになんでセット扱いしてんだろ)に礼儀的無関心に似たものの恩恵を受けられるなんて、思ってなかったな。
 ――まぁ所詮狩沢と遊馬崎となんて友情を育む機会もないだろうしどうでもいいけど。
 臨也の缶コーヒーはもう半分になっていて、大分温くなっていた。
「臨也さんって面白いよね」
「え、こっちの台詞だと思ってた」
 狩沢の急な指摘に、臨也は目を丸くした。
 狩沢はそれを見て、カラカラと快活に笑う。
「まぁねぇー、お互い様よねぇ」
 それと同時に狩沢は、自分たちと臨也は似ているのではないかと考える。
 ――まあ、『二次元』好きと『人間』好き、ひとつの大きい括りが好きなんだしね。
 くいっとまだ2/3残っている缶コーヒーを飲んで、狩沢は切り出した。
「ねぇ、今まで観察しに近づいた人間の名前とか顔とかって、あんまり覚えてないよね」
「うん? うん、そうだけど?」
「だよねー」
 狩沢は安心したように笑った。
「それがどうしたの?」
「んー、私たちの場合さ、それぞれ個別に好きになったりもするから結構二次元キャラの名前とか顔とか覚えてるんだけど、それでも全部完璧にすぐ思い出せるように覚えてるわけじゃないんだよねー」
「そりゃそうでしょ。沢山作る人だって居るんだからその分沢山あるし。そんなに完璧に覚えるなんて、まるで人混みでいちいち袖触れ合った人全員覚えるみたいな無茶じゃないか。そりゃ記憶力が優れてれば話しは別だけど」
「うん。まるで食べたパンの枚数を覚えているようなもんよね」
 狩沢の妙な話しの進め方に少し期待しながら、臨也はひっかかった知識を口にする。
「ん? それジョジョだっけ」
「そそ。一部のディオ様。『おまえは今までに食ったパンの枚数をおぼえているのか?』ーって」
 それは元ネタでは、人間から吸血鬼になったディオへの『いったい何人の生命をその傷のために吸い取った!?』という質問に対する質問返しだった。
「これってさ、何枚食べたか覚えていようとまた違った問題じゃない?」
「うん、まあそうだね」
 相槌を打ちながら臨也はただのオタク話しかと興味を萎ませかけたが、狩沢はまだ続ける。
「えっと、ゆまっちには内緒にしてほしいんだけどね」
 相方に内緒、というところで、また臨也の興味は膨らんだ。
「ゆまっち馬鹿だからさ、いや、そこが可愛いんだけど、馬鹿だからさ、そんな、食べたパンを数えるようなことを、無理してしてたことがあるのよ」
「……へぇ」
「その時期は視界に入った二次元キャラみんな無差別に覚えてさ、例えばー……」
 いつの間にか飲み干していた缶コーヒーの、青みがかった黒の空き缶を指して、
「青っぽい服のキャラ五十音順」
 臨也の手の中の、赤みがかった黒の缶を指して、
「赤い目のキャラ、世に出された順」
 自分の空き缶を踏み潰してコンパクトにしながら、
「そんな芸当続くわけないから、体調崩す前にやめさせたんだけどね」
 全部言ってから、狩沢は臨也の顔を覗き込んだ、臨也は丸くなっていた目を嬉しそうに細めて
「面白いなぁ」
 と言った。
「ほんと、馬鹿だよね。かなり前のことだけどさ」
 潰した空き缶を手に持って、自嘲するように笑う狩沢の脳裏には、昔聞いた言葉が映し出されていた。
 ――どうせ萌えーとか俺の嫁ーとか言ってても、抜いたら終わりなんだろ!? いーよなぁ実在しないと、所有欲満たしたあと捨てても責められることなくて!
 ――好きとか言ってるけどぉー……二次元に逃げてるだけなんじゃね?!
 今でも鮮烈な笑い声に瞼をひくりと痙攣させられながら、狩沢は自分の若さにまた自嘲する。
 臨也はそんなからだの仕種も含めた全てに対してもう一度言った。
「面白いなあ」
 それから残りの缶コーヒーを煽って、狩沢がしたように足で潰して
「俺は君たちが大好きだよ」
 それを拾いながら、唐突にそう言った。
 狩沢はしゃがんだ臨也の後頭部に向いたまま吹き出した。
「なにそれ!」
「え、だって面白いじゃん」
 そして、高校生の友達同士が笑い合うときと同じ程度の衒いと邪気を含んだ自然な笑みで笑い合う。
「イザイザやっぱり面白ーい」
「はは、エリエリとゆまっち君には負けるかなー」
 楽しげな笑い声が途切れるより先に別の声が割り込む。
「何そんなに馬鹿笑いしてるんすか?」
「あー、ゆまっちお帰りー」
「どーもー」
 一番最初に戻って来た遊馬崎に、含み笑いの狩沢は言う。
「今ね、あたしら面白いね! って話しをしてたのよ」
「なんすかそれ」
「ゆまっち可愛い! ってことっ」
 狩沢に飛びつかれて遊馬崎はバランスを崩す。
 そこへ度草と門田が戻って来て次々言う。
「なんだお前ら」
「往来で何やってんだ……」
 臨也少しずつ高校生じみた表情を引っ込めて無邪気すぎる表情を貼りつけ始めていたが、それを少し落ち着かせる。
「ドタチンやっほー、用事はわかるよね」
「おう」
 門田は度草と遊馬崎と狩沢に向き直って告げる。
「俺はちょっとこいつと用があるから、このまま置いてけ」
 それに三人それぞれ返事をして、車に乗り込む。
「おう、わかったよ」
「じゃ、また」
「まったねー」
 と、狩沢が窓を開けた。
「イザイザもまたね」
「わざわざどうも」
「ついでだよ」
「わかるわかる。あるある」
 臨也と狩沢はお互いを、史上最高峰にどうでもよさそうにあしらって、潰れた空き缶を持った方の手を振った。
「仲良くなったんすか?」
 走るバンの中で遊馬崎は言った。
「うん」
 友愛みたいなものはなくてもそれは事実だった。仲良くなったことも友愛みたいなものの不在もその併存も……。
 パンを数える愚か者は、もうここには居ない。
「そうっすかー。ところで……」
 遊馬崎と狩沢は二次元の話題に埋もれた。

                    ♂♀

おまけ

「ゆまっちゆまっち、帽子キャラアルファベット順!」
「ぎゃあああああ! や、やや や め ろ っ !」
「わ、体育会系敬語すらないっ!」
「うおおぉおおぉぉぉお!」
「あっははは!」
「放り出すぞてめぇらッ!!」

 食べたパンの枚数をいちいち数えるような愚行。黒歴史量産型ゆまっちさん。
 「つまんない」って言って「じゃあお前作れるのかよ」って言われてそれ以上を作れるようになってもどこもかしこも違う問題だからどう頑張ったって歪なんだ。
 別に二次でやる必要あったのかってテーマがスタートですが、きゃっきゃうふふが書けたので次第点ってことで。

 話しの繋がり具合がひどかったので後ろ(おまけ抜き)から四行目の二個目の文と最後から三行目を書き足しました。

 7/25、二次創作的事情による故意の捏造・改変以外の部分の人間関係にちょっとあんまりな間違いがあったので直させていただきました。

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