肉まんを買う。

◎姫野先輩の場合

 手ぶらでレジに並んだら、習慣で煙草を買ってしまった。
「姫野先輩、肉まんは?」
 外で待っててくれたアキ君に言われて袋を見る。フシギだなぁ。
「最近の肉まんは箱入りらしいよ」
 雑に嘯く。ため息つかれる。うん、正しい反応。
「俺買いなおしてきますよ」
 でもアキ君は優しいから、自然にすっと、私の代わりにコンビニに向かう。アキ君だなあ……。
 私はそのカッコよさにニンマリして、出会った頃より少し大きくなった背中を見つめる。こういうのも至福の一端だ、なんて意識する。
 ずっとこうならいいのに。なんて、願っても願ってもアキ君は公安を辞めてくれない。
 なんでもない冬だった。


◎パワーちゃんの場合

 早くニャーコに会いたいのに。
 人間の買い物に付き合うのはイヤじゃ。
 でもこの肉まんというのは気になる。肉、美味しいに違いない。
「くれ」
「やだ」
 美味しそうに食ってるデンジにねだったがくれない。ケチ。
「それ野菜入ってるぞ」
 チョンマゲが嘘をついてくる。
 ムカついたのでデンジの肉まんを奪う。
「ナンジャコレャア!?」
 野菜が入ってる!!


◎暴力さんの場合

 パトロールに与えられる時間には大抵いつも寄り道する隙があって、寄り道する隙があるってことは買い食いもできる。
 今もやっぱりそんなに急ぐ必要はなくて、今日はコベニちゃんに何食べさせてやろうかなあと辺りを見渡したら肉まん食べながら歩いてる人とコンビニを同時に見つけた。隣を見るとコベニちゃんもちょっと羨ましそうに目を向けてるので、じゃあ肉まん買ってあげようってことで二人でささっと道路渡ってコンビニ入る。
「いいんですか?」
「いいよ、食べな食べな」
 遠慮が残るコベニちゃんを親戚のおいちゃんぽい言い方で促して一直線にレジまで行く。そして店員にビビられるけどまあマスク目立つしいつもの事なんで、表情伝わらない代わり明るい声色で注文する。
「肉まんひとつくださーい」


◎デンジ君の場合

 美味ぇもんを食うとき、ふとポチタのこと考えたりする。
 一緒に食いてえとも思うし、一緒に食ってんだなとも思う。
 それをパワーに取られんのは心底気に食わねェ。バカだし。コイツよかニャーコのが絶対ぇ賢い。
「野菜が入っておったぞ! 嘘つきめ!」
 ついてねえ。
 パワ子のヤツ自分で奪っといて俺と早パイを責めやがる。無視!
 俺は奪い返した肉まん全部、今のうちに口ん中詰め切る。
 訳わからんヤツと口うるせェヤツがいても、肉まんはやっぱ美味かった。


◎コベニちゃんの場合

 買い食いなんて夢のまた夢だったのに。
「はいどうぞ」
 今、目の前にはコンビニの肉まん。買ってもらった食べ物。
 仕事を始めてよかったこと。――優しい先輩に飲み物奢ってもらったこと。飲み会で色々奢ってもらったこと。バディが何かと奢ってくれること。
「ありがとうございます」
 私はぺこりと頭を下げた。
 魔人の、暴力さん。――背が高い。男性。マスクつけてる。スーツにパーカー。気さく。
 彼は、食べれない。
「冷めないうち食べな〜」
「はい!」
 でももう遠慮はしない。だって肉まんはふかふか。まだ暖かい。今食べなきゃ。


◎アキ君の場合

 そんなこともあったなあと煙草に火をつける。
 デンジとパワーに肉まんを買ってやったときのことだ。ふとなんでもない冬のことを思い出した。
 肉まん買いに行ったのに間違えて煙草買ってきた姫野先輩と、そんな姫野先輩の代わりに買いに行ったのに煙草を買ってきた俺と。二人して痩せ我慢でもするように煙草に火をつけ合った日があった。
 いい意味でも悪い意味でも鷹揚なあの人との思い出は、そんなんばっかな気がする。
 俺は紫煙をひとつ吐ききると、ド突き合うデンジとパワーを一喝する。
「オイ! お前ら喧嘩すんな!」
 この間デンジだけ食ってたら喧嘩になったから俺が二つ買ってやったのにコイツらと来たら。
「デンジが盗っ人だからじゃ!」
「違ぇよオメぇがタマネギとシイタケ食えって言ったんだろォがァ!!」
 ため息をつき、俺は煙草を踏み消した。
 バカバカしい。コイツらがいると思い出に浸る暇すらないのだ。

文体かき分け練習だったやつ。

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