嘘つきみーくんと優しい山名さん

 夢だった。
 真っ白いだけの空間で、一人で突っ立っていた。誰も居ないし音もない。
 真っ白で眩しいのにやたらと暗くてフラッシュで道を照らしたくなる。あの地下室に一人で居るみたいで、ぞっとしない。
 歩いた気がしたと思ったら、女の人が眠るベッドがあった。女の人は、白い布団を体と顔に綺麗に掛けられている。しんだひとだ。
 すたすた近づきながら謎のアンテナでこの人起き上がるなとわかる。がっしりした体形から男の人だとわかった。嘘だけど。見ているはずなのに見た目はよくわからなかった。知ってる人だろうなぁ。妹のお母さん、とか?
 いっせーの、むくっと。
 起き上がるタイミングだけ僕が思ったのと同じだった。なんだ、この人かよ。どんな夢だよ。
 ヤマナさんは、僕が瞬きする間に出したらしいスケッチブックを、開いた状態で白い用紙をこちらに向けて見せる。
『しょーねん久しぶりー。』
 にこぉ。珍しく楽しそうに笑うヤマナさんに、僕も思わずにこぉ……って笑えるわけねー。
『しょーねん相変わらずおもしろーい。あでももうしょーねんではないか。』
 ペンで書く様子もめくる様子もないのに、ヤマナさんのスケッチブックは次の言葉を寄越す。というか僕サトラレですか。
『せーねんって呼ぶのも今更で照れるし、サトラレくんもビミョー。』
『まぁいいや。しょーねんはしょーねんで。』
 ヤマナさんは何をしに来たんですか。
『暇つぶし? 嘘だけど。』
 不思議なスケッチブックで語るヤマナさんは、別に自分の物音は駄目じゃないはずだった。っていうか嘘だけどって。
『お、しょーねんはあたしの声が恋しいのかね?』
 ねーよ。
『生憎ここには音が存在しない☆』
 あんらまー可愛らしいお星様だこと。嘘だけど。ヒトデにしか見えない。そして一瞬屈託なく浮かんだヤマナさんの笑顔がだんだん怖いことに……ごめんなさい。
『素直でよろしいネ。あとあたしの名前は山名。山名があたし。』
 山名さん、へぇ……。
『ちなみに、どうせ夢なので目が覚めると忘れます。』
 あっはっはっは。
 それにしても、さっきから山名さんがにこにこしているのがすごく気になる。音がないからってそんなねぇ……。
『大丈夫、大丈夫。成仏してるだけだから。』
 そろそろ読み取られていることに慣れるべきだろうか。
 ……即座につっこまれないとそれはそれで困る。妙な間だ。
『にしてもしょーねん美男子に成長したね。見込み通り。』
 にやり。やっとヤマナさんっぽい笑顔を見た気がした。この山名さんじゃなくて、懐かしいヤマナさん。
『あっはっはまだ疑ってる。』
 あっはっはまで書くなんてとっても律儀で几帳面だなあ、と山名さん尊敬しました。嘘だけど。
『ただのお遊びだっつの。おうおう、びしょーねん、ちこう寄れ』
 僕が近づくと、山名さんが顔をぐいーと近づけて、ついでに僕の視点を引きずり下ろして顔を合わせる。そして笑い出した。
 もう帰ってください。
『どこへ?』
 知りません。
 天国とも地獄とも、言えないし。
 山名さんの真顔を見て、そういえば話すと思うの境界線がないここは怖いなぁと思った。
『しょーねん、そういうこと考えると夢から覚めるからやめなさいって。』
『要件がまだだから覚めんな。覚めないのは要件がまだだからなんだけどねー。』
 だったら早くしてくださいよ。
『あいあい。』
 山名さんの返事が合図かのように、この空間に音が生まれた。
『音が生まれた(キラーン)。
キャーしょーねんカッコイー!』
 いつの間にか黒ペンを持っている山名さんはそれでスケッチブックに文字を連ねてこっちに向け、ぱちぱちと拍手をこさえた。
 キャー黄色い声あげられたー。特にあげられてないけど。
 気づくと山名さんの髪に青い花がついていて、弱い匂いを振り撒いていた。不吉な予感しかしない。
 暫く待ってもレスポンスが来ない。僕はサトラレ慣れが早いことに少し呆れた。
「あ、しょーねん、音あるからもうあたし読めないよ」
「………………」
「もしもーし、しょーねん?」
「………………」
「あ、もしかして気を遣ってるとか? しょーねんはおかしな子だねぇ」
 何故か嬉しそうな山名さんは、僕を無理やりしゃがませて、頭を抱えて。
 放した頃には、しかめっつらになっていた。
「やっぱ駄目か」
 死んでまであなたは。
「ってよく考えたらあたしとしょーねん年格好の近い男女。寝取り系に相応しい所業だ」
「……マユが居ますからね」
 出来るだけ山名さんの声に重ねられるタイミングで、蚊の鳴くような声を生成した。
 山名さんの表情は、複雑。声が駄目なのか発言に驚いたのか。恋日先生のものーって言ってたっけ。
「ねぇしょーねん、あたしもう、しょーねんが死んでも迎えに来ないよ。……お、良い反応。何気にあたしはしょーねんに傷を残してたのねー」
 そのくすぐったそうな笑い方は、ヤマナ弟とヤマナさんをそれぞれ少し重ねて見たぼくに向けたくなった笑顔かもしれない。
 僕は自分がどんな顔をしているのかわからなかった。
「少年はあたし卒業さ。あたしも少年卒業。少年は少年のまだ生きたい場所を大事にしな。そんで、空は逃げ場設定復活も視野に入れんなとは言わないけど、あたしはわざわざ迎えには来ない。良い悪いは追及しないけどしょーねんときどきそういう想定してたでしょう」
 そこまでまくしたてて、頬をぽりぽり。言っちまったーて感じに、照れ臭そうな仕種をして、
「以上で終わり! 彼女さんによろし……」
「くー」
 自分の寝息みたいな発音を合図に覚めた今朝は、寝不足を実感せざるを得なかった。昨日夜更かしした覚えも夜中に目覚めた覚えもない。
 誰かと話す夢を見た気がする。誰……? 今朝は特にメイプルシロップに用はないけど。誰だろう。
 隣を確認すると、マユが居る。なのに、地に足が縛ってもらいきれていない。僕がヘリウムガスで満ちていたら危ないところだったと震えが止まらない。嘘だけど。
 夢での逢瀬は、柔らかさの気配と照れ臭そうな仕種だけがかろうじて居残っている。

 きっと恋日先生(絶交され中)の夢でも見たんだろう。

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