Dear Miss.テールライト

 ヒカリちゃんは、普段結構だらしない方だ。
 ウチの隊で唯一物を散らかすし、自室もかくやというほど……いや、自室でもここまでやるだろうかというほど作戦室でくつろぎ、だらける。
 そしてゾエさんも今日ばかりは一緒に作戦室でだらけていた。
 今は汗ばむ初夏で、さっきまでやってたことといえば作戦室のコタツを片付けることだったからだ。
 流石にゾエさん疲れちゃった。
 訓練室に入る名目でまた換装しておけばよかったのかもしれないけど、何となくトリオンが勿体なくて換装せずに作業を始めて、そこから引っ込みがつかなくなって全部生身でやってしまった。
「なーゾエー、今週の夏祭りの日なんか予定ある?」
 大の字になって休憩していたヒカリちゃんが、唐突にそんなことを言い出した。
「う〜んと」
 ちょっと考えて、予定を思い起こす。
「予定っていうか、お祭りには行きたいなと思ってるよ。まだ誰と行くとかは決めてないけど」
「お! じゃあ一緒に行こうぜ〜。カゲも行くってさ。アタシ新しい浴衣買ったんだ」
 ヒカリちゃんが当たり前のように隊長の名前を出すので、自然とウチの最年少の顔が浮かぶ。
「ユズルは?」
「ユズルは……ま〜色々あんだろ〜」
 意外なことに、聞こえたのはそっけない返事。
「?」
 …………ああ。
 何かと思ってヒカリちゃんの顔を覗き込んだら、口を抑えてニヤニヤしていたので納得する。きっと雨取ちゃん関係だ。
「じゃあとりあえず、集合はヒカリちゃんと、カゲと、ゾエさんだけでいっか」
「だなー。ユズルとか他のやつとかは祭りで会ったらでいいだろ」
 そうして、ゾエさんの来週の夏祭りの予定は決まったのだった。


 あっという間だった。
 『来週』だった夏祭りは『今日』になり、そして『今』だ。
 蒸し暑い夏、夕方と夜の間、やたらと風がぬるい。
「な! 可愛いだろ!」
 神社の鳥居近くで待ち合わせていたヒカリちゃんが、くるりと回って浴衣を見せびらかす。
 ピンク地に金魚が舞う浴衣と、細かい模様の入った紫の帯に、キラキラした紐飾り。下駄も紫ピンクで揃えてきていて、元気なヒカリちゃんによく似合っている。
「似合うねえ。可愛い」
 思ったままに褒めると、ヒカリちゃんは満足そうにニカッと笑う。
「だろ〜! ゾエも甚平似合うな。無地の紺とかシブいし」
 そしてこっちのことも褒め称えてくる。ちょっと照れちゃうな。
 先に着いていたカゲはといえば、黒い野球帽と半袖のTシャツ、それからジーンズといったシンプルな格好に、いつも通り真っ白いマスクをしている。特に言うことのない、普通の夏の装いだ。
「そろそろ行くぞ。入り口で溜まってちゃ邪魔んなる」
 カゲの一言で、影浦隊−ユズル一行は出店が並ぶ通りへ向かう。
 花火が上がる祭りでもないので、特に時間配分も意識せずに出店を回る。金魚すくいに射的にヨーヨー釣り、焼きそばにかき氷に……所狭しと並んだ出店はどれも魅力的だ。
 その間、ヒカリちゃんはほとんどカゲのそばから離れない。勿論こっちにもいっぱい話しかけてくるし、二人+一人になっちゃったわけじゃない。そういう話じゃない。
 ただ……そう、ずっと自分がカゲの連れだと分かるように立ち回っている感じがするのだ。傍から見てすぐにわかるように。
 とはいえ生理現象というものがあるわけで。
 男二人、しばらく道の脇で待つことになった。
「ゾエ、おめー今日のヒカリどう思う?」
「どうって、浴衣似合ってて可愛いよね」
 カゲの質問の意図がよくわからなかったので、ひとまず思ったままを返す。
 と、カゲは大きく息をついて、ためらいがたに言う。
「あー……なんつーか、俺に張りついてやがるから。ゾエから見て、悪ぃ気してねーか?」
「あはは」
 カゲのストレートすぎる気遣いについつい笑ってしまう。
「別に何ともないよ。それに、ヒカリちゃんはカゲが周りの知らない人に『怖そう』って思われないように守ってるだけでしょ」
「…………」
 人が多ければその分、感情は行き交う。知らない人に対するぼんやりとした印象なんか特に飛び交う。
 人混みの中、あまりに上手に人との距離を取って歩くカゲだけど、やっぱりときどきは人の目に留まってしまうことがあるらしい。
 そして、カゲのSEに『上背があって目付きが鋭い』という特徴が加わると、ちょっと居心地は悪くなりやすい。
 ヒカリちゃんはそれをわかっているから、カゲのそばから離れないのだ。
 カゲが『上背があって目付きが鋭いけれど可愛らしい女の子が気安く接している人物』になれば『怖そう』には見えないから。
「おう……そうなんだよな」
 カゲが白熱光に染められた頬の赤みを少し増して、頭をかいた。
「っつっても、アイツがいたらいたで生ぬるい感情がかなり刺さって来やがんだよ……」
「あははは、大変だねカゲは」
 本気で悩ましそうなカゲには悪いけど、かなり面白くてしばし笑う。
 いい悩みだ。
「んなに笑うな」
「いいじゃない。役得役得」
 二人がなんとなくお互いのことを好きなのは、結構前から気づいているので、こっちとしては微笑ましいばかりだ。
 本人としてはたまったもんじゃないらしく、カゲはさっきよりもう少し荒っぽい口調で言う。
「ムズムズする感情で刺すんじゃねえ!」
「難しいこと言わないでよ〜」
 笑顔でいなすと、カゲは索敵のときのように辺りを確認して、舌打ちをひとつすると、うつむき気味に言う。
「……ヒカリのやつ、何も考えてねーようなツラして何も考えてねークセに、いつも、俺が好きなことも嫌なもことも、簡単に先回りしてきやがる」
「そうだね。隊としてもとっても頼れるオペレーターだけど、カゲには特にだね」
 からかうように口にすると、一瞬睨まれる。けどまたすぐにうつむいて、カゲは話を続ける。
「今日のアイツ、浮かれて浴衣なんか着て、はしゃいでやがって……」
「……」
 何か返事をした方がいいかな。と考えているうちに、ボソリと言葉が付け足される。
「眩しい」
 そんなやり取りをしていたときだった。
「カゲー、ゾエー! お〜い!」
 ヒカリちゃんが戻ってきた。
 そして、石畳の出っ張りに足を引っ掛けて、派手に転……
「ヒカリ!」
 ばなかった。
 カゲが素早く駆け寄って、ヒカリちゃんの体が地面にぶつかる前に支える。
 けど引っ掛けた足は無傷では済まなかった。
 遅れて駆け寄りヒカリちゃんの足元を見ると、右足の小指に血が滲んで、下駄の先まで派手に欠けていた。
「いてえ……」
「バカ! そんな格好で走るから」
 どれだけヒヤッとしただろう、カゲは遠慮なく罵倒しながらヒカリちゃんの体を支える。
「これは……手当しないと」
 呆然としている二人の代わりに口に出す。
 ヒカリちゃんは至極残念そうに患部を見下ろした。どう見ても、放っておいてはいけない状態だった。
「そうだな……アタシ、帰るわ」
 当然の決断だ。だからこっちも当然の決定をする。
 つまり、ゾエさんのバイクでヒカリちゃんを送ることにした。


 ヒカリちゃんの足にカゲの靴はやっぱりぶかぶかだった。
 靴紐で無理やり締めて脱げないようにして、それでなんとかバイクに乗れる程度だ。
 カゲと履き物を交換したヒカリちゃんを後ろに乗せて、ヘルメットを被りながら最短ルートを頭に描く。
 ヒカリちゃんを家まで送ったら、すぐカゲの靴を届けに神社まで戻ってこなきゃいけない。
 履き物を交換したといっても、カゲの足にヒカリちゃんの下駄は小さすぎて『足を置いてひっかけている』程度なのだ。あんまり歩かない方がよさそう。
「カゲ、一人で大丈夫か?」
 すぐ近くに佇むカゲに、ヒカリちゃんが聞く。
「おめーが心配するほどじゃねーよ」
 カゲは、ヘルメットの上からヒカリちゃんの頭を小突く。
「じゃ、頼むわゾエ」
「わりーな。よろしく」
 カゲとヒカリちゃんが口々に言って、
「うん」
 ゾエさんは返事とともに、バイクのエンジン音を鳴らし始めた。


 蒸し暑い夏の夜、浴衣姿のヒカリちゃんを後ろに乗せて、地面から足を離す。
 ヒカリちゃんはきちんとしがみついたまま振り返って、カゲに「また明日な!」と声を掛けた。
 走り出したバイクの上からは聞こえなかったけど、カゲもたぶん、何か返事をしただろう。
「ふふ」
 バイクを走らせながら、ふいにカゲの『眩しい』という言葉を思い出す。言う人が言ったらだいぶクサイ表現だけど、あれはきっと素朴な言葉だ。
 きっと、カゲにとって今日のヒカリちゃんは光って見えるんだろう。
 そう、バイクの後ろに乗っている今なら丁度、テールライトみたいに。
 おこがましい話だけど、ゾエさんはカゲがそうやってヒカリちゃんに惹かれて前向きなものを覚えていくことを、とても素晴らしいと思うのだ。
 下手するとハンデにもなる能力を持つ友を、彼女になら任せてもいいと思える。
 この判断がずっと正しいままであることを、優しく流れる夜風に願った。
 そして、夏の歌を心の中で口ずさむ。


 間違いにしないでよね。

UNISON SQUARE GARDENの夏影テールライトすこ。

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