魔界探偵冥王星O メモリーのM

※第一部全部読了。W色濃い。後はV、H、Jも入ってるかなぁ? それから最後無理やりDDに繋げて大丈夫なようにしようとしたらどうしようもないBADへ……。

 私は最初から、すべてを諦めたような心情でいた。
 圧倒的すぎる【彼ら】を神格化すれば、精神の内の内だけは、平穏で居られた。だから、このまま私は心を乱さないで過ごしていくのだろうと、興味もなくぼんやりと思っていた。
 聞こえすぎる耳に慣れ、普通に生活出来るようになるのに、三日とかからなかった。
 しかし、他に居る外で生きている【弄られた人間達】と違い、私は見た目からして特異な状態だった。顔はある程度まで隠せるが、それでも、『普通に生活』という表現はすぐに覆さざるを得なくなった。
 私が今出来るのは、普通に歩いて普通に話して普通にちょっとした作業をすること。得意だった料理はまだ危なっかしかったし、する機会もなかった。
 私はただ、私のような人間達が集まるような場所で、ぼんやり、やりすごすしかなかった。
「【冥王星O】? ……前と随分違って見えるが」
 また、誰かが来たようだ。
「おっと、それ以上は言うな。死ぬよりひどい目に遭う。……まあ、イメチェンさ。ところでここに【顔のない女】が居ると聞いてきたんだが」
「ああ、居るよ。奥さ」
 【顔のない女】というのが、今の私らしい。ということは、今来た若い男は私に用があるのか。私は、これ以上ひどい目に合うのだろうか。
 それでも、恐怖も悲嘆も沸いてこなかった。ただ、男がやってくる方向に顔を向けておく。
「おわ、本当に顔ねーのな」
「……」
 あまりに不躾な物言いに、私はむっとした。
 気配からして、この相手は人間だ。
「何か、用ですか」
「あー、悪いんだがな、ちょっと御同行願うよ。【窓をつくる男】……オレをこきつかいやがる【彼ら】のお達しでね」
 返事より先に腕を引っ張られる。【彼ら】の手先相手に抵抗するのもばからしい。
 引っ張られるままに二十歩くらい歩くと、何かをすり抜ける感覚がして、違う場所に来ていた。  もう一人、歩いてくる気配がある。歩く気配にも品のある男だった。
 【彼ら】か【人間】か、区別がつかないのがただただ、不気味だった。
 壁を手袋越しの手でこする音がした。それから品のある男は私に向き合い、硬質でどこか妖しい声で、こう言った。
「突然悪いね、【顔のない女】。私は【窓をつくる男】。きみを引き抜くことにした」
 そういえば、【彼ら】に使われることになる人間は珍しくないと聞いた覚えがある。娯楽に用いられれば最悪、雑用に使われれば最悪中の最上だと。
「あ、おい【窓をつくる男】! お前な、オレのときはそんな風に色々、こう、気遣いっぽい言葉使わなかったじゃねえか!」
「ふむ。そうだったか。すまない【冥王星O】。これでいいのか?」
「マジで言ってるとこがすげえむかつく」
 最初に出会った【冥王星O】は威勢がよく、さばさばしていて、内心怯えていても噛みつく真似でじゃれることだけは意地でもするような、人懐こい男だった。
「災難だなぁ、【顔のない女】」
「いえ、私は……」どうでもよかった。
「っは、変な奴」
 その【冥王星O】は、出会って二日で亡くなった。
 【窓をつくる男】はすぐに代わりを用意したし、私も流されたまま納得しようとした。しかし、新しい【冥王星O】を用意した日の晩、私は【窓をつくる男】の部屋に呼びつけられた。
 そこは、周りを高層ビルで囲まれた、窓のない洋館の一室だ。この洋館が【冥王星O】の事務所なのだという。
 その場所で、私は【冥王星O】の謎を、【窓をつくる男】の秘密を聞かされた。
「はい。分かりました」
「反応が薄いな。覇気がない、というのか。私の知る人間達の中でも、一番覇気がないかもしれない」
 面白くもつまらなくもなさそうに、言った。
 私はベッドに入って、やっと混乱し始めた。【彼ら】は【神】と同じ。無慈悲で大きく、私にはとても手が出せない存在。もう諦めるしかなくて、諦めればいい領域。【窓をつくる男】の正体は、私の認識をかき乱した。
 風に当たりたくなり、ベッドを抜け出す。しかし、風に当たろうにも窓がなかった。ただ、窓のないこの洋館に居ると、外の喧騒は多少静かだと思い込めた。
 耳のチューニングを洋館内すべてに合わせると、今の【冥王星O】の寝息が聞こえる。それから……どこかから【窓をつくる男】が【窓】を繋いで帰ってきたのが分かった。
 そっと気配を窺うと、【窓をつくる男】は、少年を一人連れて来ているようだった。
「【顔のない女】、起きていたらちょっと来てくれ」
 起きているのが分かっているのではないかと思いながら、【窓をつくる男】に言われるまま、私は廊下に出る。
「……だぁれ」
「【顔のない女】だ」
「…………」
 半覚醒状態の少年を後ろに引き連れて、【窓をつくる男】が私に少し近づく。
「【顔のない女】。これはいつか【冥王星O】になってもらう予定の人間だ。なり代わりを思いついたきっかけのようなもので、本当はすぐになって貰いたかったんだが、幼すぎるし何より、この状態が続いている。見送っているのだ」
「では、今の【冥王星O】や前の【冥王星O】は……」
「過渡的な措置だ」
 使い捨てる気、だったのだろうか。
「一応本気で続けられそうな【冥王星O】を選んでいるのだがね、それでも、多分この子が本当に続く【冥王星O】になると私は考えている」
「はい。それで、私は何をしたら良いのですか」
 少年は、私に何かを言う気になるかならないか、といった風に呼吸をしている。
「子守りをしてくれないか。今までのようにただ食事を運ぶだけでは、何か足りないのかもしれないからな」
「……子守り」
 私が少年に体を向けると、ほんの少しすがるような息を吸って、吐いた。
「わかりました」
 【窓をつくる男】に答えてから、私は少しだけ姿勢を低くして、少年に声を掛ける。
「よろしくお願いします。えっと……」
「…………ぼく……」
 【窓をつくる男】は少し考えてから、言う。
「前の名は記憶の呼び水になるから避けたい。半人前だから、縮めて【メイ】でいいのではないか。確かそんな人名があったろう?」
「メイは……女性名かと」そしてジブリかと。
 聞かれたのでつい答える。もう少し媚びるべきかとも頭をよぎったが、どうでもよかった。
「まあいいだろう。もっといい名が浮かんだらそちらに乗り替えよう。今日は久々に暇が出来たから連れてきたのだが、もう夜も遅い。メイを寝かせてくる」
「はい。いってらっしゃいませ、【窓をつくる男】」
 メイは最後にぽつりとつぶやいた。
「……おやすみなさい」
 しつけはちゃんとしている子なのかもしれない。
 十秒も経たないうちに【窓をつくる男】が戻ってくる。
「さて、きみももう寝た方がいい。眠れないようなら書斎に来ないか」
「……何故、書斎に招くのですか」
「前の【冥王星O】が口癖のように言っていたからな。『上司と部下は信頼関係がある方がお得なんだぞ』と。倣ってみるのも一興だろう」
「わかりました。では、書斎に……」
 【窓をつくる男】は、片手に蝋燭を持っていた。蝋燭の音は電気の音よりも好きかもしれない。
 【窓をつくる男】と私は、一つテーブルを挟んだソファに座る。【窓をつくる男】が外套を脱いで仮面を外した。
「紅茶を入れてくれないか、【顔のない女】。最初なので私が場所を教えながらだが」
「はい」
 言われるまま、手さぐりと【窓をつくる男】が立てる音のヒントを頼りに、少しだけキッチンの場所と内装を把握して、紅茶を入れる。あまりいい配置とはいえなかった。
「すぐにはカップに移さないのか?」
 今までの【冥王星O】にそうする者が多かったのだろう、【窓をつくる男】は疑問を投げかける。
「いいえ、こうやって蒸らすものなのです。そうしないと、美味しく淹れられません」
 それから紅茶を飲みながら、【窓をつくる男】の今後の予定を聞く。
「まずは料理がしやすいように、キッチンの内装を【冥王星O】にいじらせよう。きみがこきつかっていい。料理もきみの仕事になる。ただ依頼があればそちらを優先だ」
「はい。わかりました」
「それから、きみの耳はもっと役立つはずだ。私の予定が空くとき訓練をしよう。今のままでもある程度は使えるが、もっと使えなければ。今出来ることをきみの口から説明してくれ」
「はい。まず、この街の音ならすべて聞こえます。場所もある程度なら把握可能です。拾おうと思う音や単語だけを拾うこともある程度は可能です。それから、声以前に含まれる感情も聞きとれます」
「わかった。その『ある程度』の精度を高めよう。私が思うに、きみの能力はもっと使える。私はきみの能力に期待している」
 ああ、純粋に能力や働きに期待しているのだ。私はやっと、【彼ら】らしい、声の奥の乾きに安堵した。混血だからと余計な色眼鏡を掛けていた。半分はこちら側の血を持つとはいえ、【彼ら】として扱えばいいのだ。ただ、従えばいい。
 粗暴な【冥王星O】の扱いに困り、メイに何かもやもやした柔らかいものを感じ、仕事を覚え、こなし、時々訓練も挟まれた。
 空き部屋の一つで、【窓をつくる男】が【窓】を開けては、質問をし、【窓】を開けて細工しては当てさせ、ときに【窓】から【窓】へ物を投げたり通したりする。生命に関わる設問も多く、すぐに感覚を研ぎ澄まさざるを得なかった。そして訓練の間も、【冥王星O】の動向は聞き取り続けなくてはいけなかった。
 結果として、この訓練は成功といえた。
 終わりに近づくと、【窓をつくる男は】遊びのようなことをし出した。
「……これは、どういうことですか」
「色々な天気のところに【窓】を開けてみた。景気づけに、地球上の適当なところにだ。夕焼け、青空、曇天、天気雨、朝焼け、星空、色々な空に通じている。高さも違うな」
「…………それは……」
 音が聞こえた。雑音を排除して、様々な静寂に耳を澄ます。気圧の違いで流れる空気の音がした。雨が吹きこむのが分かった。それぞれの【窓】に近づいて、肌が感じる空気の違いと耳が感じる空気の違いを焼きつける。
 すると私の中に景色が浮かんできた。窓の向こうの色々な空が、空以外も含めた空の風景が、展覧会の絵のように並んでいる景色だ。
 そして、私は、ふいにスイッチが、ずっと切れていたスイッチが入った。
「うあああ……あぁああああっ」
 涙が流れないことに初めて恐怖した。
 【窓をつくる男】は私に近寄り、顔を上げさせる。
「どうかしたか」
「…………私は、わたしは何故こんなことになって……景色……この部屋の景色は、今、うつくしいのでしょうか」
 自分でも何をまくしたてているのかわからなかった。
「わたしはどうして涙も流すことが出来ないのですか!」
 【窓をつくる男】の機嫌を損ねて消されることすら想像出来ず、感情のままに叫び、顔のあった場所を掻き毟る。
 彼は、少し首を傾げたあと、何てことないように事実を寄越す。
「残念がることはない。【窓】の向こうの景色など見えるものではない」
「…………私には、うつくしい光景が想像出来ました。それで、あの……取り乱して申し訳ございません」
 私は冷静になろうともがき、普段通りの声と言葉を出そうとした。
 掻き毟った、目があった場所から少しの血が流れ出ていた。
 窓をつくる男の口が開く前、何を言おうとしているかが聞こえ、それから声でこう言われた。
「血と涙の成分は同じだ。だから血を流すということは涙を流しているのとそう変わらない。色がついているだけだ」
「…………」
 私は息を飲んだ。いよいよ、【彼ら】として神格化するばかりでは整理がつかなくなる予感がした。窓をつくる男を私はどう思うことになるのか……想像しかけ、混乱した。
「今日はもう終わりでいいな。中々面白い反応を見させてもらった」
 面白そうに笑う窓をつくる男は、まるで人間の子供のような好奇心をにじませてもいた。
 その無邪気な好奇心の残酷さもさることながら声の中身も【彼ら】らしくなっていたが、先程聞こえたものが気のせいとは思えなかった。
「……はい。あ、そろそろ食事の時間です。ご用意します」
「ああ」
 食事の用意をしている間、仕事をしている間は平静で居られた。【冥王星O】にマナーの注意をしているときや、メイの伸びすぎた髪を切っているときも。
「鬱陶しい小娘だ」
 私より年上の【冥王星O】は、時折面倒くさかったが、そうやって考えることやることがあれば、私は落ち着いていた。
 しかし、メイを寝かしつけたあとベッドに入ると落ち着かない。もう寝ているべき時間だ。いつ寝ていられなくなるかは、分からない。
 私は眠れない夜を明かした。
「【窓】を開けて聞き取る訓練は昨日で終わりだ」
 【窓をつくる男】にそう宣言され、私はほっと、胸をなでおろした。生命の危険にさらされることはこれであまりなくなるからだ。
 その日は長閑だった。依頼がなく、【冥王星O】は出かけたまま。そもそも起きている時間の方が少ないメイはすぐに寝てしまった。私はソファに座ると、寝入ってしまった。
 起きると【窓をつくる男】がレコードを掛けるところだった。気づいてはいたが、あまりにも気持ちがよく、寝る方を選んでしまっていた。怠慢だ。
「申し訳ございません、【窓をつくる男】」
 私が慌てて謝ると、【窓をつくる男】は今私の存在に気づいたという風にこちらに顔を向けた。
「いや、構わん。が、起きたなら少し付き合ってくれ」
「何に、でしょう」
「女性に足を踏まれる遊びだ。いつだったかの【冥王星O】も好きだったかもしれない」
「はぁ」
「……ジョークは難しいな」
「ジョークだったんですか」
「聞こえなかったかね?」
「不可解でした」
「つまり、社交ダンスを嗜んでみないか」
「ダンスなら、お相手出来ます」
「それはいい」
 窓をつくる男は楽しそうに聞こえる声で言って、レコードをかける。CDでないのは何かこだわりがあるんだろうか。それとも、社交ダンスに対する何らかの偏見だろうか。
 自分から【窓をつくる男】に触れるのは初めてだった。初めて触れた肩の体温は少なからず私を動揺させる。近い温度に、彼の中の人間らしい部分を探しそうになり、自制が追いつかない。
 ステップを軽々踏む。
「経験がおありなのですか?」
「いや、見たことはあるが踊るのは初めてだ」
「お上手です」
 1、2、3。1、2、3。三拍子の上であくまで軽く踏んでいたステップに変則的な動きが混ざりだす。
 少しずつ脱線して、社交ダンスらしくなくなってきた頃には、私は自然と微笑んでいた。昨日涙を流して、私はどこか沈んだままの安定を保てなくなっているのかもしれない。
「ふふ」
 【窓をつくる男】は純粋に初めての遊びを楽しんでいるようだった。この一度だけだとしても、同じことを楽しんでいる。半分【彼ら】で、雰囲気も発言も倫理観も殆ど【彼ら】らしいのに。
 私はだんだん可笑しくなってきて、彼の本当の名前を呼んだ。多分、私は正気じゃなかった。
「冥王星O! 冥王星O! 冥王星O!」
 次の日には「忘れてください」と懇願する発言が、【冥王星O】のためのルールを一つ形作ってしまうことなど知らずに、曲が移り変わるごとにその音に乗った。
 歌曲が流れて、【窓をつくる男】は呟く。
「【愛】を歌っているのだな」
「ええ、そうですね」
「私が【彼ら】と人間の違いを【愛】の有無で見分けられると考えて父を探している話しはしたな」
「ええ」
 確かに、された。
 大人しいステップに戻り、身体を揺らしながら、私の頬は通常の表情に戻りつつあった。
「きみは、私に【愛】があると思うかね?」
「……私からは申せません。ただ、貴方の望むまま、貴方がたどり着くのを、サポートいたします」
 ただ、あったらいいと考えるだけなのだとは、告げられなかった。
 それでも半分は【彼ら】、畏れ多いという面が大きかった。あとの一端は、恥ずかしいくらい普通の少女の持つおびえだった。
「そうか」

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 メイに対する窓をつくる男の態度を聞いていても、愛があるとは言えなくても、愛がないのだとはもっと言えないと思った。
 けれど、
 もし彼が【彼ら】ではなくとも、【彼ら】と関わっているのは確かだった。
 愛や優しさを持っている【冥王星O】ほど、早く死んだ。彼が少しずつすれていっている気がして、それでもそれを止めたら彼が早く死んでしまいそうで、そもそも私はただの使える人間だったから、私は押し黙った。
『いいかね冥王星O。君が冥王星Oである限り、一端であっても【彼ら】と関わることになる。だから君は優しさや愛情といったものを持ち合わせてはいけない。なぜなら、【彼ら】はそういった感情を持ち合わせていないからだ』
 【冥王星O】に、彼は何度もそう言い聞かせていた。あの子が生き延びることを望んでいるような、自分に言い聞かせるような声は、彼の中にあるかもしれない【愛】を想像させた。
 その声が途切れて、時間が流れ、今の【窓をつくる男】に可能性が残っているのか、私にはもう、分からない。残滓につき従っているような、そんな気分だ。
 心から役に立ちたいと思った日も、あったはずなのに。
 今は最初から【彼ら】として神格化していた方がまだ近く思えていたのではないかというくらい、遠くに思えた。一度希望を抱いた諦めは、重く苦しい。
 彼が父親を殺せばいい。苦しみに喘ぐ母親を殺して解放すればいい。【彼ら】の社会に背を向けて、逃げおおせられたらいい。そしていつかまたメイに……ソウメイに会えたらいい。
 それらすべて高望みなら、またあの日のように踊れたらいい。
 ただのひとつも、叶う気はしなかった。


 ――DDへ続きそうで嫌だ。

 メイって呼ばせちゃってさーせんww(わたしが勝手につけたあだ名)
 わたしは窓兄となし子さんのカプが好みなのです。DDに繋げても不都合ないようにしたらこのざまだよ!(血涙) DDは窓兄が【彼ら】になりすぎなのもあってちょっと現実逃避したくなった覚えがあります。っていうか現実逃避させてくれ!
 シリーズ読んだの結構前だから色々間違っているかも……。  2011/08/20 ほんのちょこっと改稿

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