果たして、画面の向こうの『私』は、めでたくネットの玩具のひとつに加わった。
上がった動画を確認したときにちらりと見えたコメント欄でも、隆文さんについての情報を調べるときに混じるノイズでも、私はそういうキャラクターとして受け入れられたり弾かれたりしている。きっと隆文さんだって、私のことを“そういうモノ”として捉えているだろう。
…………それでいい。
全身の皮膚の表面を薄く焙られるような痛みを心で感じる気もしたけど、そういう気持ちが私の中にあるとしても、自分で選んだ結果だ。
ネットの人たちだってみんなみんな、隆文さんが作り上げるギンガさんの養分になる。私はそのための撒餌になったのだから。
これで、彼の数字が増えるなら、彼の悩みが薄らぐなら。
私は満足だ。お役に立てたという結果を手に入れたのだから。
そう噛みしめながらベッドの上で目を瞑る。瞼の裏の銀河に、彼が作り上げるモノ以外は何もいらない。
なのに。
『小夜』
あの一言が、体温が、声が、感触が、吐息が、私の身を焼く。
「…………」
寝返りを打ちたいのに、それすらかなわないほどに、心でも庇うみたいな姿勢で身を固くしてしまう。まるで本当に焼死体のような恰好だ。
想いを玩具にされても、好きかって言われたって、私は平気。ご家族の迷惑になったことで隆文さんに嫌われてしまったって…………きっと、迷うことだけはしないと誓える。……はず、なのだけど。
『小夜』
またあのお礼が頭をめぐる。
何もいらなかったはずの私のすべてを炎がなめる。
ちっともかなしくないのに、泣きそうだった。
却ってつらい気さえするのは、私には過ぎたご褒美だからだろうか。
栄養価が高すぎるものを子供に与えると鼻血を出すように、私の心が耐えきれていないのかもしれない。
だけど。
私はなにかを振り払うように、無理やり寝返りを打った。
……だけど、もらったものを手放すほど無欲にもなれない。
そろそろ寝なきゃ。でも、このまま寝たら悪夢を見そう。
もうずいぶん前に感じる夜のことを思い出していた。
彼の大切なものを壊してしまったのも、私が彼をほしがってしまったことも、すべてが私のせいで、もうどうしようもないのに。
「いや、あんたバカか」
名前を呼んでほしいとねだった私への、隆文さんの一言。
「こういう報酬は価値がある程度一定していた方がいい。嬉しくなくても受け取ってくれ」
「はい」
わかりやすく、反論の余地ない説明に、私は素直に頷く。
確かにそうだ。私は嬉しくないけど、仕事に責任を持つためのものならバイト先の時給と同じであるべきなんだろう。
「ありがとうございます」
夕まぐれ、私の部屋。
先程まで撮影で一緒だったもう一人の配信者は先に外に出ていて、隆文さんと二人きり。
私は普遍的な茶封筒を、確かにしっかり受け取った。
その後、彼の配信で私のコメントは読まれなくなった。投稿にも、いいねがつかなくなった。
ご家族に迷惑を掛けたリスナーなのだから、配信やSNSでブロックされないだけきっと温情なのだろう。
LIMEはブロックされたようだけど、それは馴れ馴れしくメッセージなんか送った私が悪い。
「…………仕方ない」
思ったよりもずっと胸が重くて痛いけど、それだけのことを仕出かしたのだ。
当然の帰結。私は、隆文さんに嫌われてしまった。
私が出た動画が役に立てたのかどうかもよくわからない。
一時はガチ恋配信者のミツクリさんが色々暴走して大変だったようだけど、リスナーの私には預かり知らぬところで全てが終わった。
社会人になった私は環境の様変わりに振り回されながらも、ギンガさんとギンガさんのコズミックを支えに生活を送っていた。
今日も、ポンと通知が鳴る。
見れば、近頃は随分と数も減った生配信の通知だった。
私は家に着くまでの後数百メートルを惜しんですぐにイヤホンを繋いで配信を開く。
『お疲れさま』
配信を開いてすぐに打ち込んだのは、いつも通りの無難なコメント。
今日は尖ったコメント勢ばかり集まりがいいようで、私と同じことをコメントしている人はいない。
面白いコメントと滑っているコメントに挟まれて、私のコメントは流されていく。
いつも通りに、物の数にだけはなれる。
…………そう、思っていた。
「お疲れさまって、こんなの聞きに来る方がお疲れさまだろ」
「へ!?」
道の往来で高い声が鳴る。
耳を疑う間にも、ギンガさんは別のコメントに反応し、自分の話を始める。
だけど『こんなのってww』『※彼に自虐のつもりはありません』なんてコメントはしっかり流れていて。
まるで、かつての『いつも通り』のような風景が、夜道を照らすスマホの灯りの中に広がっていた。
おまえのせいだ