じゆーをかーたったごるでんぱーてぃー。
次の日も持てあました口でもごもご歌っていると、いつも来る大学生や恋に恋する女子高生と比べれば深刻な客が来た。
さらさらと丁寧な筆致で紙に書いていった悩みは、簡単に言うといじめだった。
セーラー服に着られて鞄に引っ掛けられている少女は、首に白い痣のようなものを持っていて、小ぶりな美貌と合わせてちょっと艶しい。
女子からの嫉妬と思いきや男子からからかわれているらしい。ふむふむ。
「……あの、か、書き終わりました」
「はい。貴女のお悩みは大体見通せました。人間関係にお悩みですカ」
「は、はい。当たってますっ」
少女の目が輝いた。占い好きな子はこれだけで楽しんでくれて、安上がりだ。
「……そうですねぇ、まず」
「は、はい」
私がもったいぶると、少女は身を固くした。
だから私はわざと相好を崩して微笑む。
「ズバリ、貴女は美人なのでからかわれているだけなのでしょう!」
「……えっ、あの……」
「男の子はまだ小学生を引きずっているだけです」
「……そう、なんですか?」
「はい。なので、前向きが吉。周囲にちゃんと頼るも大吉ですヨ」
私は大抵の悩みは当てるくらいのことしか出来ないしそれ以外が出来てもやる気がないので、無責任を並べ立てる。
どちらにせよこの子は内気なだけなのだろう。親や先生には言えずふらふら占いに寄ったのだ。ただ年上に悩みを吐き出すために。
それを受け流……受け止めたフリをするのも多分、占い師の仕事だろう。
お小遣いから出された硬貨を受け取り、少女を見送る。
「お客さん、他のお客さんの話しを盗み聞きしちゃ駄目じゃないですカ」
振り向かず言う。二日連続で来ていた大学生は、気まずそうに私の視界に入ってきた。
「すみません。どこで待とうって考えてたら」
へこへこ頭を下げる。
「謝るならあの子にしてくださいネ。はいいらっしゃいませー」
挨拶を繰り出す。大学生はそれに返さず、さっきの盗み聞きの内容について零す。
「早く、からかわれたりしなくなると、いいなぁ……」
どん。
思うより先に拳が机を叩いていた。
「すみません、なんでもありませんよ」
声に怒気が混じっていた。
お前が、私の前で、言うな。
「…………ごめん。無神経だった」
困惑の極みであろうはずの大学生は、静かにそう言った。
私が伏せ気味だった顔を上げると、大学生は真剣な顔をして俯いていた。机との衝突で赤みがさした私の拳を眺めて言う。
「やっぱり、白いな。ちょっと赤いと、すげぇ目立つよ」
は?
意味がわからずに居るとそいつは視線を持ち上げ、私のコンプレックスの頬に焦点を合わせる。
「最初は、りんご病だと思ったんだ」
かああぁ、と頬が熱くなり、手が出る。思い切り大学生の頬をひっぱたいた。
「りんご病で占いはしませんよ!」
昔と今、二人分私の容姿を……っ!
自分の中ですら色々なものが言葉にならない。占い師なんてやってても、素の成長はゆっくりで、こんなものだった。
頬を押さえることもなく、そいつは続ける。
「雪みたいに白いしさ……ほんっとに真っ白だったからこー、助けたらヒーローになれそうって」
色白の占い師によくそこまで幻想抱いたな大丈夫なのそんな大学生! 小学生か! それにお恵みで通い詰められるほど今は貧困していない! 脛かじってるから!
「まぁ、それは最初だけで、流されたり恥ずかしかったりして、結局やってたことは変わらないんだけど」
「はあ!?」
思い切り唾が飛んだ。私を覚えてないはずのそいつは、それでも言葉を続けた。
「りんご病の症状よく知らなかったし、保健室に連れてこうとしたんだ」
私とそいつの目が合う。
そいつの口が、私の名前を紡いだ。
「……を」
ぽかんと口を開けて、固まってしまった。
それからやっと出た言葉は短い。
「今更」
「うん、今更ごめん。だから、言うつもりはなかったんだけど……」
つい。そう頭を掻いて、そいつはだらしない笑みを浮かべる。
「まあ今は昔関係なく一目惚れしてたんだけどね」
「なっ」
「いやこの間、って言っても結構前か。あの……天野って居ただろ、有名人の。あいつと喋ってるとこ見かけてさ、そん時やっと思い出した」
「ちょっ」
そんな……そんな……。
「そんな、新事実ばっかり並べられても、こ、困る!」
告白されたのも、困る!
ちやほやはされたいけど、だって、情報量が違うのだ。
占い師をやっていてわかったことのひとつにこんなことがある。それは、『多く関わる』というのはマイナスプラス関係なく、それだけで無色透明な他人より、相手の価値を底上げするということ。関わりに飢えた者には、特に。それは呪詛のように、抵抗を許さず心に愛着を生み付ける。良し悪しを知らず、ただ純粋に。
「や、やめて……ひひどい。昔、あんな、いじめたくせにっ」
発言が支離滅裂になって、耳が熱くなる。子供じみた仕種で指まで差してしまった。
「う……」
そいつは私の指が物理的に刺さったかのように、喉を詰まらせる。
「……ごめん、次はもう、来ない、から」
こざっぱりした髪のつむじが私を見つめる。
私は……それをひっぱたいた。
「な、何よ! いくじなし!」
思考のクッションを置かずに自分でも思わないような言葉が滑り出す。
「いくじなし! ばか! 信じらんない!」
そしてばしばし繰り返し叩いてしまう。
往来なので視線までたらふくいただいているけど、どうにもやめられない。
「いだ、いだ、いだい、痛い痛い」
そいつは無抵抗に頭を下げたまま奇声だけ発する。
「ちょ、ちょっとくらい抵抗しなさいよっ!」
自分の発言の支離滅裂っぷりに眩暈がした。
そいつは申し訳程度に手のひらで私の平手を受け止めて、顔を上げる。困ったようにちょっと嬉しそうに笑っている。
「……あーごめん、ごめんっ。またぼったくられに来るからっ」
「っていうかそうよなんで値上げ受け入れてるのですかっ!」
ばしばしは暫く続き、しまいにはドロップキックをかまして、その日は最後まで滅茶苦茶で、結局その後は仕事にならなかった。
恐る恐るといった様子で、あるいは相方を急かすようにして、学ランに着られて鞄に引っ掛かっている少年たちがやって来る。
「いらっしゃいませ」
営業スマイルで迎える。
少年たちは暫くつつき合って、それから鼻の低い方が切り出す。
「クラスの変な女がオレのこと好きみたいで……」
強がっている癖にぼそぼそした声はえくぼがある方の少年に背中を叩かれ、途切れた。
「白い痣のある女の子来ませんでしたか?」
えくぼ少年が年の割に落ち着いた声で言う。すぐに思い浮かんだ。
「守秘義務が」
とりあえずそれで済ませようとする。少年たちは目線を交わして、何事か相談したそうにする。
立ち去るかと思いきや、えくぼ少年が言う。
「じゃあ、こいつが両思いになれる方法占ってください」
うちの占いの方式は完全無視だった。
…………仕方ない。
あの子が来たと断定している少年名探偵相手に、無駄な抵抗はしない。
溜め息をつく。
「謝って素直になってください。保証は出来ませんが、それくらいしかないです」
「素直ってそれはあっちが……」
「ですよね!」
えくぼ少年は鼻の低い少年のぼそぼそを今度は声で遮る。そして私の答えに満足して楽しそうに硬貨を支払って、鼻の低い少年は引きずられるようにして、帰っていく。
可能性は、ゼロではない。
その上人は、変わらない生き物ではない。
今日は店じまいの頃やって来る予定の元いじめっ子の姿を思い出して、私は可能性の門戸の広さに、また大きな溜め息をついた。
なんて愉快な悪夢だ。
後日、明らかにあの名探偵えくぼ少年に恋焦がれているあの少女が友人と連れ立ち、白い痣を綺麗な桜色に染めて占いにやってきたのは、また別のお話。
……確かにつぶらな瞳をしていたけどそのガラガラヘビって形容はどうなの。
愛ト茄子ト平和ナ果実(楽曲)は特に関係なく、ふとパロれそうだったのでつい。そんな感じで占い師ちゃん捏造。
2011/08/20 改稿