誓い/母の独白

誓い

「ねえエト、本当にいいの?」
「うん、いいの」
 タタラさんの問いに、私は静かに頷いた。
 切なさが滲むタタラさんの顔をまっすぐ見て、更にもう一度。きっと、家族を大切にしている人だから……そして私のことをとても気にしている人だから、珍しくそんな戯れ言を垂れてしまったのだろう。
 私たちはさっき、あんていくとCCGがぶつかる戦いに乗じて素材としての功善を奪取する作戦を決定した。
 ちなみに隻眼の王たる例の彼は出自もあってかこういうところはサクッと決めて帰った。
「……たとえば。たとえば私が功善の愛情に応えようとするような娘だったとしても、この作戦は決行したからさ」
 私の方からも余計なことを口にすると、タタラさんは黙祷でもするように目を閉じて謝る。
「ごめん、エト」
「いいよ、タタラさんでもたまにはそういうときあるよ」
 笑い飛ばすように言う。
 ある意味バカで煙な私たちは無意味に街の高いところに忍んで夕陽を眺めている。
 忌々しい『あんていく』も見えた。
 母と私の名前を混ぜた、感傷に酔っ払いすぎた店名。
 奴も母も私に愛情を向けてはきたのだろうが、今はそのことに何の興味もなかった。
 母には多少なりとも、娘として報いたい気持ちがある。これはあの人がやろうとしていたことの続きでもあるのだ。
 けれど私は自分が娘として愛されたいがための駄々を、もう必要としていない。
 街並みを見据えていた視線を斜め上に戻す。タタラさんと目が合う。
 仲間以上に想ってもらっても。ただただ本当に、こそばゆく嬉しいだけだった。
 今は、愛憎半ばに見つめてきた未来たちに手渡すことになるこの世界をどこまで直せるのか、それだけが大切だった。



母の独白

 もしかしたら。
 もしかしたらと想像してみることはあった。作家の性というやつか。
 もしかしたら、目の前の小規模な平和を両の手に抱えて生きることも、選べたのかもしれないと。私の父のように。
 瓶兄弟もヤモリさんも、遠い島で散って行くであろうタタラさんも、沢山の仲間たちも守って。ヒナちゃんやアヤト君もただただ可愛がって。制圧してきた者たちも傷つけず。食べる分だけ。
 歪んだ鳥籠の中にいることも、そのせいで潰され続ける沢山の魂も、見て見ぬふりをして。
 そうしたら、私も穏やかで幸せな人生を送ったのだろう。多くを手放さずとも済んだのだろう。
 私が立ち止まりたがれば、タタラさんも歩みを止めて、私を幸福にしようとしたかもしれない。彼の気持ちに、応えてやれたかもしれない。
 だけど、それは私の選択ではなかった。
 私は親を殺してでも子を、子を切り刻んででも孫を、その先の可能性を守りたいと望むような女だった。
 最初に話に乗ってきたアイツは、また少し、違う望みを持っていたんだろうけど。
 しかし、よくも十三年間、頑張り続けたものだ、お互いに。
 有馬貴将。私の計画の伴侶。CCGの死神。多くに慕われた上司。信頼された部下。愛された同僚。子に殺されるという最大限の幸福を得た父。奇しくも片目を欠いた者。私たちの王。わたしの氏子。
 アイツの子に次を託して、私も眠ろう。

 コーヒーの代用品はもう、役目を終えた。

2018年産。後者はアニメre2期放映中に例のシーンが来る前にと書いた。
色々端折りすぎだしアレだったアニメre2期でしたが、エトしゃんについての解釈はめちゃくちゃ一致していましたね……。「命を賭すに値するもの」と。
あたしも、エトはそういう女性だと思う。

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