ちーちゃんはちっちゃくないので

 ちーちゃんはちっちゃくない。
 ハタチだし身長180cmあるし普通に性格が大物だしインターネットでなんかすごい活動してるししかもその活動のリーダーをやっているすごい子だしなんなら例えこの評の中に突然下ネタを挟んでもちっちゃいとは言えない。
 さっきまで遊んでたベッドの横でもう既に次の遊び場へ行くテンションになってるちーちゃんは最早大物っていうかフツーに体力無尽蔵でウケる。あたしはご休憩で借りた部屋を一人で延長してご宿泊したくなってるのに。
「ん? 行かんの?」
 一向に服を着る素振りのないあたしを見下ろすちーちゃんは既にシャツとズボンまで身につけて髪を結んでる途中だ。あとは上着着たら完成だろう。
「行きたいけどー……体力がー……」
 ねえ?
 あたしはゆるキャラでもたまにキレられそうなくらいにぐでえんと首を傾げる。
 ちーちゃんはあくまでカラッとした態度でホントに何の気もなさそうに髪の結び目を整えながら言う。
「お前が言ってた限定デザインボトルあとちょいしかないって言われてなかったっけ?」
 …………あ。
「そうでした!!」
 あたしはくるまっていた掛け布団を勢いよく飛ばして素早く服を着て髪の乱れを結んで誤魔化して最後に化粧を直すのはほとんど諦めて、と四十秒で支度を終わらせた。
「行こ! ちーちゃん! 早く行こ!」
 今度はあたしが急かす番だ。履き忘れてた靴下を履いてるちーちゃんの横であたしはたのしいアホへと大変身を果たして足踏みしながら息を弾ませてる。
「はっや」
 ちーちゃんがあたしの極端な挙動にウケて右足の靴下がなかなか入んなくなってベッドに座り込むのであたしもなんかウケるなぁの気持ちが声に漏れ出す。
 あー締まらないな〜締まらないのがいいんだけどね。
 で、結局部屋を出たのは十五分後で二人ともゲラゲラ笑いながら謎に走って次の遊び場のダーツバーまで向かった。


 二駅走って到着したバーはあたしみたいな一般人にはあまりご縁のない隠れ家的な店ってやつで一見さんはお店だと気づかない外観だ。だからちーちゃんを追い抜こうと必死だったあたしが一度通り過ぎそうになったのも道理だと言い張ることにする。
 いや、事実道理だ。そう。来たことある店なのになんでわかんねーんだよとか言われてもわからんかったもんはわからんかったので。
「ボトルキレー。酒ウマー」
 あたしがカウンターに座ってお目当てのボトルに舌鼓を打つ中ちーちゃんはもう知らない人と絡んでダーツ投げてきゃっきゃしてる。ちーちゃんは一部の人には強烈に嫌われるんだけどそれ以外の人の懐には簡単に転がり込めるし相手の年齢性別属性なんかはひょいと飛び越えて興味と好意をビームにして浴びせて自分の仲間にしてしまうしその仲間はその場で解散になって再会したときさっぱり忘れててもお互い遺恨が残ったケースは見たことも聞いたこともない。
 つよい。
 確かインターネットの活動では船長と呼ばれているらしい。納得の船長。ただ何船長だったかは覚えてないっていうかそもそもあたしは名前を覚えるのがすごく苦手でちーちゃんの名前も鳴海まではわかるけどちひろの方の字は神隠しにあったことで有名な千尋ちゃんと違う字ってとこまでしか覚えてない。
 そんなあたしがちーちゃんの鬼のようなコミュ力についてけるはずもないのでダーツは今日は傍から眺めるだけにしておくけどちーちゃんが楽しそうにしてると面白いのでお酒の満足感が高い。良い。
 と、今さっき店に入ってきた知らないはずなのになんか見覚えがある爽やかなお兄さんに声を掛けられる。
「こんばんは。彼の連れですか?」
「ええ、友人です」
 なんかすごいまともそうな感じの人だったのであたしは一応は年齢並みにソツがなさそうに聞こえる言葉選びと態度選びで応える。あたしはちーちゃんより二つ三つ上だし見た目にもちゃんとそう見えるしちーちゃんみたいな特殊な対人スキルもないからまともな振る舞い方ってやつができないとすぐイタい目あわされるのだ。嫌になるね。人間ってキッショ。
 あたしが内心全人類に毒づいてることも知らないお兄さんはちょっと戸惑ったように髪の先を触ってそれから柔らかく微笑んで言う。
「俺も友人なんです」
 じゃあ一緒に呑む流れかなちーちゃんが戻ってきたときにプチサプライズになるやつかなと思ったところでお兄さんの物腰とちーちゃんの友達自慢がふと重なる。顔に見覚えもある。つまり写真も見せてもらってたかもしれないしインターネットで活躍してる人なのかもしれないってことはあの人かもしれないなとアタリがつく。あたしでさえ名前を覚えるほどちーちゃんから何度も聞いているあの――
「もしかして、ミカドくんさんですか?」
 あたしが言うと一瞬だけ身構える気配を覗かせそうになったお兄さんは結局身構えずにすごく自然な仕種で相好を崩す。
 すごい技術だ。
 だってヒトって身構えそうになったときには普通もう身構えてるもんだしそこから無理に崩すと違和感しか出ないものだから。
「あはは、あいつから聞いてた?」
「合ってた! 彼、ミカドくんさんのこと面白いし良い奴だってよく話してますよ」
 あたしが伝えるとお兄さんは上品に淡く照れながら「ミカドくんさん……」と違和感を口の中で転がしてるけどあたしは呼称を訂正する気はない。だって安定した固有の呼称を間に敷く必要性があるほど関わる予定も特にないわけだしグラグラでいいのだ。
「俺も君の話とか聞いたことあるかもね」
 お兄さんがさりげなく話を合わせてくれる。
「どうかなあ。あの子友達多いし、私は割と付き合い浅い方だと思うし」
「交友関係がやたら広いのはそうですね。……知ってるかもしれないけど俺とあいつは同業で、仕事でも興味のままに動くから意外な人と仲良かったりもして……」
 ああ謙虚な人なんだなと思う。
 話しぶりからするとまともな人なら大概ミカドくんさんのことはご存知でむしろ知らない想定で喋る方が失礼にあたるんだろうなってわかるしその上で知らない場合にも備えて言葉を組み立ててくれてる。
 ちーちゃんの言う通り良い奴なんだ。
 それからしばらく他愛のない話をしてるとちーちゃんが戻ってきてミカドくんさんの周りで犬みたいにはしゃいででもすぐに即席のダーツ大会に呼び戻されてと嵐のように行き来するのであたしとミカドくんさんはそのパワーにあっためられるみたいに気を緩める。
「あー……こんなこと聞かれても困るかもしれないんだけど……あいつ、その、女の子とよく遊ぶけど、大丈夫なのかな」
 色々と。
 少しお酒が回って頬をピンクにしたミカドくんさんがためらいがちにそっち方面と思しき言及をしてきくるので品行方正ぽいのに初対面にその話振るんだってところが意外過ぎてあたしは面食らう。
「さあ……でもあたしとはちゃんと友達だし、他でも変なことにはなってない…………と、思うけど、定かでは……?」
「そ〜……なんだ。なんか…………なら……いや、すみません急に変なこと」
 赤くなったり青くなったり忙しそうなミカドくんさんがぺこぺこ頭を下げてお酒を飲み進めて一つ息をつきながら肘をついてちーちゃんの背中を見つめたまま呟く。
「……まあ、あんまり危なくなければ」
 その視線。
「ミカドくんさん、あの子のこと本当に好きなんだ」
「へ……っ」
 叫びそうで叫ばない半端な発音にウケちゃいそうになりながらあたしは続ける。
「お付き合いとか考えてるんですか?」
「えぇー……」
 あたしがノリで切り込んだあとミカドくんさんは困った顔で唸って黙ってお酒をおかわりして百面相してと流石に面白がって見てたあたしも撤回を考え出す頃になってやっと赤い目元でこちらを見て言う。
「……かも」
 真面目だ。
「あ、いや、あいつ次第だけど」
 ド真面目だ。
「ライバルいっぱいで大変だー」
 空気が硬直しないようにあたしが茶化すとミカドくんさんも笑って返す。
「君もね」
「あたしはべつに…………まあそれで遊べなくなったらつまらないけど、子供産んだ友達が釣りに付き合ってくれなくなったときも何か慣れちゃったし」
「そうなんだ」
「だって、」
 だってまずちーちゃんがミカドくんさんのこといちばんに好きなんだからそれを邪魔するような友達甲斐のないことしたくない。だけどそこまで勝手にバラすのもちーちゃんに悪いのでそれを言うのは避けるとして思いつくことといえばなんだろう馬に蹴られて死にたくないとかでいいのかないやでも微妙すぎる面白くない。
「そんなんで完全に他人って言ってくるほど酷い子じゃないと思うから」
 暴露と洒落の代わりに本音を言った。
 あたしとちーちゃんのフレ関係の頭にはセの字がついてるし世間的にセのフレはセがなくなったらフレでもないことが多そうな感じなんだけど少なくともあたしはちーちゃんのことそれ抜きでも友達だと思ってるしなんやかやで距離が離れて行ったとしても『友達だったことがある同士』になれるって信じてる。
 ドヤァ。
 あたしがコメディ要素を混ぜておかなければいけない気がしてきて遅ればせてのキメ顔を作ってると優勝者ちーちゃんが戻ってくる。
「何の話してたん?」
 当然のように真ん中に腰掛けたちーちゃんに聞かれてあたしはすぐに「ちーちゃんの話だよ」と答える。ちーちゃんはほーんと考える素振りだけ見せて何も考えてない数秒を作ってから人差し指をピーンと立てつつ歯を見せてニヤリと笑う。
「ドッキリの計画か?」
 両脇から「ぜんぜんちがーう」と「違うなあ」を返されてもちーちゃんはまったく気にすることなく上機嫌にミカドくんさんが何でここにいるのかとか今夜の予定とかを訊ねだす。
 あたしはお酒に満足したら帰るつもりで横からふむふむ聞いてただけなんだけどミカドくんさんって人はなんかめーっちゃ忙しそうで聞いてるだけで目が回る。こんなハードスケジュールでくたびれた様子もなく清潔感に溢れているの意味わからんくてすごいしちーちゃんとのオールに若干乗り気なのも意味不明ですごい。
「どーする?」
 ちーちゃんがこっちにも水を向けるのであたしは全力で顔の前で手を振る。
「ここからオールは死ぬ」
「りょ。途中まで送るわ」
「さんきゅ」
「で、そのあとは――」
 ミカドくんさんに向き合ったちーちゃんの斜め後ろ顔は無邪気に輝いててミカドくんさんも楽しそうでいい眺めだなと思って見てるとミカドくんさんとふいに目が合ってちょっと動揺される。何だよと思っていたらそのままちーちゃん相手に少し照れくさそうにしだしてあたしは変に意識させちゃった|罪《ざい》を自覚した。ちーちゃんは不思議そうな顔こそするものの話す方を優先してる。
 ふむ。
 ミカドくんさんは近々ちーちゃんにアプローチしてみたりするのかなーなんて思いながらあたしは何の心配もしてない。ミカドくんさんとは初対面だけどミカドくんさんとちーちゃんの二人はどんな形であれ仲良くやってけるんじゃないかと思えるしちーちゃんはミカドくんさんからの申し出が多少意外でもあんまり気にしないと思うからだ。
 ちーちゃんはちっちゃくないので。

ネモちゃんってどんな子だろう。という想像。

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